麻布競馬場『令和元年の人生ゲーム』がグサグサ刺さる!

 「麻布競馬場」と聞いて、「え!港区に競馬場ができるの?」と驚いてしまった方。著者は、Twitterでタワマン小説を書いてたら話題になって、書籍化されたら驚くほど売れた覆面小説家で……と聞いただけで、「あー、そういうのはいらん」と思ってしまった方 。そんな皆さんにも、ぜひ手にとってみていただきたい小説だ。

 Z世代と聞くと「ハラスメントって言われたらどうしよう」とか「突然辞めますって言われたらどうしよう」とか、ビビりがちな昭和生まれたち(←私ここ)とも、シビアに描かれている登場人物たちと同じZ世代の若者たちとも、忌憚ない感想を語り合いたくなる一冊でもある。

 四つの短編が収録されている。第一話『平成28年』の主人公は、慶應大学に進学し、意識高い学生が所属するビジコン運営サークル「イグナイト」に入った男子学生だ。リスペクトし合える仲間と一緒に圧倒的に成長して、自分の人生の可能性を広げたいと思っている。第二話『平成31年』の主人公は、就活生に絶大な人気のあるメガベンチャー「パーソンズ」に入社した新卒の女性だ。定時に帰って飲みに行く同期が増える中、なぜか嬉々として与えられた仕事に取り組んでいる。第三話『令和4年』は、なんとなく入社した会社の新規事業部で働く社会人7年目の男性だ。「なんかクリエーティブでイノベーティブな事業」として会社が立ち上げた学生シェアハウス「クロスポイント」に住み、面接で選ばれた優秀な学生たちを、社会人チューターとして指導することになった。

 どの舞台も、キラキラしている。彼らの日常をSNSに投稿したら、きっとたくさんの好意的なコメントがつくのだろう。自分の意志と能力でその眩しい場所に辿り着いたはずの彼らだが、次第に違和感を感じるようになる。そのきっかけの一つとなるのが、沼田という男だ。沼田は、どこにいても場の空気に合わないニヤニヤとした笑いを浮かべ、周囲を凍らせる発言をする。イグナイトでは熱いスピーチをするサークルの代表を「不真面目なやつ」と意地悪く評価し、パーソンズでは「クビにならない最低限の仕事をして、毎日定時で上がって皇居ランでもやりたい」と同期の前で宣言し、 クロスポイントでは起業に憧れる学生の前で「サラリーマンは適当にサボりつつ働いていれば毎月決まった額のお金が貰える」と無気力に言い放つ。それでいて、高い能力や洞察力を発揮して周囲に一目置かれる存在となるのだが……。

 著者は、たぐいまれな観察力と分析力でZ世代たちの現実をとらえ、再構築するように小説にして読者に見せてくれる。日頃知らず知らずのうちに目にしているキラキラした映像や言葉がそこに重なって、登場人物たちの目の前にある光景や人々、心境の変化がリアルにイメージできることに興奮した。帯には「〈何を考えているのかわからない〉Z世代の取扱説明書」と書いてあるのだが、これを読んだからって、Z世代がわかったなんて言えない。ただ、私には近未来だとか芸能界だとかと同じくらい距離があるところで生きていると思っていた彼らの必死さや焦燥感が、私が味わったことのある気持ちと、大きく違うものではないのかもしれないと思うのだ。

 生まれる時代によって、どんな生き方がかっこよく羨ましいのか、何に必死にならなければならないのかは変わる。だけど、人から評価されたいという欲や、置いていかれる寂しさや、やりきれないほどの虚しさや不安は、どんな時代に生きていても心の中に出現するものなのだと思う。それとどう向き合うかは、自分で考えるしかないことも、たぶん同じだ。

 価値観を、否定し合うところから始めたくはない。気持ちわかるよと、簡単に言いたくもない。そんなことをモヤモヤと思いながら読んだ最終話「令和5年」の舞台は、老舗銭湯である。高齢者と若者が交錯する場所で起きる強烈な騒動は、変わっていく世の中でいろんなことを迷う私に、容赦なくグサグサッと刺さってくるものだった。ここにも、沼田は登場する。彼がそこでどうしているか、ぜひ見届けていただきたい。

(高頭佐和子)

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