イラストレーターとAIロボットの暮らし〜中村一般『えをかくふたり』

access_time create folder生活・趣味

 桜が少し散り始めた、春の日のこと。イラストレーターとして働く花海修(はなみおさむ)の元へ届いた段ボールには、人型AIロボットの試作機が入っていた。それは勝手に送り付けられたわけではなく、未来からやってきたわけでもない。修が徹夜で二日目を迎えたある夜、SNSで「モニター募集」の書き込みを見つけ、自ら応募し受け取ったものだった。

 起動されたロボットと修はひと通りの挨拶をし、現状を伝え合う。一人暮らしの話し相手にと開発されたロボットは、さまざまな人間の家で居候をすることで、実用化に向けてのデータ収集を行っているという。研究に協力してもらう見返りとして、家主の生活を全力でサポートすると話すロボットは、自らを「家電のようなもの」と説明する。

 修には、異質な同居者が増えることへのためらいがない。ロボットに「ハル」と名付けて洋服を着せ、敬称付きで呼ぶ。二人の会話も新生活も、驚くほどスムーズだ。一方、ハルへの自己紹介時には「25歳、ノンバイナリー」と伝え、依頼先とオンラインでそつなくこなす打ち合わせ時には「俺なんかでも社会の歯車になれるのうれしいんですよ」と付け加える。仕事場のホワイトボードには、「手帳 自立 更新3/31まで」とあった。そこかしこに、それまでの修が向き合ってきた現実と、その折り合いのつけ方が覗く。

 1995年生まれの著者は、イラストレーターとして書籍の装画や挿絵のほか、音楽作品のアートワークなどを手掛けながら、マンガ『僕のちっぽけな人生を誰にも渡さないんだ』(自費出版、のちシカク出版)、『ゆうれい犬と街散歩』(トゥーヴァージンズ)を発表してきた。

 本作では場所や風景の緻密な描きこみに、何度も目を凝らした。たくさんの線は静かで温かく、紙面からは街の空気や手触りが伝わってくる。実際は触れることなどできないはずなのに、包み込まれる心地がした。表紙や扉絵のカラーイラストも素敵で、できるならすべてのカラーを見てみたかった。

 4話目には、本のカバーイラストに関する話が出てくる。依頼された内容をハルへ説明する中で、修は趣味と仕事の違いを明確に分け、装画を手掛けることのプレッシャーを語る。「俺の絵のせいで本が迷子になってしまうかもしれん。」とこぼす修の言葉は、限りなく誠実だ。私がかつて書店員だった時、表紙を見せる形で本を並べる「棚作り」の作業に、どこか祈りを込める気持ちがあったことを思い出す。

 描くことで世界に触れ、自分の言葉で丁寧に行為や感覚を規定する修は、哲学者のようにも見える。力が抜けているのに時折ふしぎな緊張感を持つその姿が、ハルと過ごすことでどう変わっていくのか。二人に幸あれと願いながら、これからの暮らしを楽しみにしている。

(田中香織)

  1. HOME
  2. 生活・趣味
  3. イラストレーターとAIロボットの暮らし〜中村一般『えをかくふたり』
access_time create folder生活・趣味

BOOKSTAND

「ブックスタンド ニュース」は、旬の出版ニュースから世の中を読み解きます。

ウェブサイト: http://bookstand.webdoku.jp/news/

  • ガジェット通信編集部への情報提供はこちら
  • 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。