「神戸モダン建築祭」港湾都市の名建築を一斉に公開! 建築ライターが歩いて触れる街のアイデンティティ
明治の開港以来、港湾都市としてさまざまな文化の発信地となってきた神戸市(兵庫県)。そうした街の記憶は、都市に立つさまざまな建築物にも刻み込まれ、街を訪れる人に歴史を伝えています。神戸の伝承者ともいえる名建築の数々が一斉に公開される建築公開イベント、神戸モダン建築祭が2023年11月に開催されました。
専門家による確かな審美眼で選ばれた、見どころの多い名建築を一度に楽しむことのできる建築公開イベントは、ビギナーから上級者まで、建築好きがこぞって集まるイベントです。日本では2014年からスタートした大阪の生きた建築ミュージアムフェスティバル(通称:イケフェス大阪)に始まり、2022年からは京都モダン建築祭が開催され、2023年に待望の神戸での開催となりました。
本記事では、これまで国内外の建築を見歩いてきた筆者が、建築祭の魅力や神戸ならではの建築の楽しみ方をレポートします。
港町神戸の象徴、神戸税関。レンガの茶とコンクリートの白の対比や、角に対し円形の塔がたつ配置など、神戸市内のあちこちで開港都市に由来したデザインを見つけることができる(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)
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建築祭を盛り上げた専門家の語り
大阪、京都でのさまざまな取り組みを継承し、神戸モダン建築祭でも初回とは思えない充実のプログラムが提供されました。京都モダン建築祭に引き続き建築史家の笠原一人さん、倉方俊輔さんによる音声ガイドが配信されたほか、事前申し込み制の特別ツアーも開催され、参加者のニーズに応じた楽しみ方ができるよう企画が用意されました。
事前申し込み制の特別ツアー、「長尾さんと北野モダン建築めぐり、シュウエケ邸からバプテスト教会へ」の様子。震災後、シュウエケ邸の改修に携わった建築家の長尾健さんが、自身の経験も踏まえた解説を行った(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)
そのような至れり尽くせりのイベントに参加してさらに驚いたのが、各公開建物に駐在するガイドの存在でした。彼らが話してくれるのは、事実としての建物の歴史だけでなく、実際にその建築物と関わりのあるガイドさん自身の生身の経験です。改修工事に携わり、歴史的な工法でつくられた意匠を現代の技術でどのように再現したか、など現場の視点での工夫や、阪神淡路大震災時の被災状況など、その人にしか語ることのできないエピソードを交えた解説は建築に対する愛着をぐっと深める貴重なコンテンツとして機能していました。
そのような体制を取った理由について、神戸モダン建築祭の実行委員長でNPO法人神戸まちづくり研究所副理事長を務める松原永季さんはこう語ります。
「神戸では建築に関わる人たち皆で盛り上げる建築祭にしたいと思ったんです。今回の公開建物と実務を通して関係のある方々を中心にお声がけし、ガイドとして参加していただきました」
阪神淡路大震災以降、復興のまちづくりに長年携わってきた松原さんが実行委員長を務めたからこそ実現できた施策といえるでしょう。
事実を解説しようとすると語りも堅くなりがちですが、自分自身の個人史と絡めて建築を語ることで、ガイドさん自身も解説を楽しんでいたように感じられました。
港湾都市神戸の屋台骨を担った建築の数々
行政の施設など貿易に関わる規模の大きな建築が集まる港湾エリアと旧居留地、そして北野・山手エリアの2つのエリアに公開建物が集中した今回のイベント。
「建築は街のアイデンティティの根拠となるものです。大震災以降、神戸の街は一段と洗練された都市に変わってきましたが、その来歴は明治の開港以来、直接的・間接的に海外からの影響を受けてつくられてきた建築がベースにあります。今回の建築祭ではそうした開港都市としての建築を見ていただくことで、神戸の街の歴史を知ってほしいという思いがありました」と松原さん。
「特に港湾機能の重要性はもっと知られるべきものだと考えています。倉庫群や埠頭機能、また今回は公開に至りませんでしたが、貿易の重要な機能を担ってきた土木構造物にも見るべきものが多くあり、今後公開する機会をつくっていけたらと思っています」
貿易と関わりの深い開港都市としての建築が多く公開されたことは、見学者にとっても神戸という街にある建築を見る上での指針になりました。
たとえば1927年に建てられた生糸の検査所をリノベーションしたKIITOは、高い天井高を有効利用しデザイン関連のさまざまな催事に使われるデザイン・クリエイティブの拠点となっています。神戸市立の検査所が完成した5年後には国立の生糸検査所が隣接して建てられ、2つの建物が一体となっています。また対面には神戸税関が並び、神戸市が物流を担っていた往時の発展ぶりがうかがえます。
KIITO外観。整然とした左右対称の立面とは裏腹に、中に入ると複雑で多様な空間が広がっている(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)
内部にはデザイン関連のさまざまな機能が。自由に使えるワークスペースでは、学生や社会人らが思い思いの作業に取り組んでいた(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)
新港貿易会館。左手奥にKIITOが見える。1930年に事務所ビルとして建てられ、現在もデザイン事務所や貿易関係の会社が入居している(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)
新港貿易会館、エントランス部のタイル。まだら模様のスクラッチタイルに、建物のアクセントカラーであるグリーンの目地がよく映える(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)
新港貿易会館、階段室のステンドグラス。モダン建築祭でも屈指の人気撮影スポットとなっていた(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)
神戸ならではの特徴をよく体現している建築のひとつ、高砂ビルは、元は港の倉庫として建てられた鉄筋コンクリート造のビルです。貨物の保管や搬出入のために造られた、高い天井高やゆとりのある空間は、時代の移り変わりに応じて使われ方が変遷し、現在では音楽ホールやスタジオとして活用されています。
高砂ビル外観。なにも知らなければ素通りしてしまいそうなシンプルな外観に、歴史が詰まっている(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)
高砂ビル1階ホール。1949年竣工の高い天井高をもった空間に、雑多に物が置かれさまざまなチラシやポスターが随所に貼り付けられている。日々新しい取り組みが行われているであろう活気が伝わってくる(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)
ヨーロッパの街角を思わせる美しい石張りの外観をまとったアール・デコの傑作、新港ビルヂングは1939年の竣工。保存状態の良さは、行き届いた管理はもちろんのこと、妥協なく選ばれた高品質な材料によるものでしょうか。
連続する街並みも近い意匠が意識されており、この建物の隣に下手な建築は建てられないぞという意気込みが伝わってきます。良い街並みというものは、往々にしてそのように形成されていくのかもしれません。
神港ビルヂングエントランス。石畳の歩道とアール・デコ建築の取り合わせが美しい(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)
様式は違えど、左右の建物でデザインの統一性が感じられる(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)
これらの建築からは少し時代を下って1969年に建てられた神戸商工貿易センタービルは、霞が関ビルディングに次ぐ国内2番目の超高層ビルとして建てられたオフィスビルです。
外観からは四角形平面のごく一般的なオフィスビルに見えますが、中に入ると建物の中央を縦横に通路が交差する特徴的な空間が現れます。今回はかつて展望室だったという26階の会議室が公開され、これから見学する、あるいは見学してきた神戸の街を一望することができるスポットとなりました。
神戸商工貿易センタービル外観(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)
開放的なエントランスホールの中心に、エレベーターコアが位置する。45度で交わる通路が特徴的だ(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)
展望室からは、船の発着するポートアイランド、神戸空港へ至るモノレールも見え、陸海空の交通が交差する様子を一望できる(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)
神戸観光の目玉。異人館とショッピングエリア
神戸異人館街と呼ばれる、かつて貿易で財を成した外国人商人たちが居を構えた北野エリアでは、豪奢な邸宅の数々やいまや世界的建築家となった安藤忠雄氏が活動初期に手掛けた商業施設が公開されました。
ヨーロッパの本格的なデザインを輸入しながらも日本の風土に合わせて細かな工夫が凝らされた異人館は、近い時代のものであってもさまざまなバリエーションを楽しむことができます。またなかでも建築家、ハンセルの自邸として建てられたシュウエケ邸には、年代物のシャンデリアやフランス製の家具、明治時代の浮世絵のコレクションなどが展示され、往時の生活が再現されています。長らく非公開だったものが公開され、神戸の文化の源泉に触れる貴重な機会となりました。
シュウエケ邸、庭からの外観。多くの異人館が当初の敷地を分割し売却していくなか、オリジナルの敷地がそのまま残っている希少な例(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)
1階食堂。浮世絵のコレクション、象牙の置物、シャンデリアや食器類など、貿易商の豪勢な生活がうかがえる(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)
北野のハイセンスなショッピングストリートを象徴するのが安藤忠雄氏の初期作品群です。いずれも周囲の住宅と変わらぬ規模感でありながら、それぞれ個性的なデザインを楽しむことができます。今回のイベントでは通常非公開の部屋が公開されるなど、隅々まで空間を堪能することができました。
ローズガーデンや北野アレーで見られる高低差のある敷地条件を最大限に活かした迷路のような空間構成は、目的のお店にたどり着くまでの道中で思わぬ出会いを生んでくれそうな、ショッピングの楽しみを広げてくれる設計になっています。40年以上が経ってもテナントが入れ替わり使われ続けているさまからは、安藤建築の根強い人気が感じられます。
ローズガーデン外観。2面の道路はいずれも傾斜がある複雑な地形。コンクリートやレンガ、ガラス、鉄骨など複数の素材が統合されている(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)
ローズガーデン中庭。立体迷路のような複雑な通路を巡りながら目的の店舗を行き来する。モダン建築祭で公開されたローズガーデン、北野アレーのほかにも、近隣に安藤建築が多数点在している(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)
また神戸税関にほど近い位置には2022年3月、安藤氏の寄附により「こども本の森 神戸」がオープンしました。子どもたちに豊かな感性を育んでほしいという安藤氏の想いにより建てられたこども本の森。名前の通り、施設内を歩き回りながらお気に入りの本を探す文化施設です。
平坦な敷地に立つ湾曲した平面の内部は、安藤氏の空間演出によって歩くだけで楽しい、巨大な本棚のような空間が広がっています。貸出はせず、館内で本との出合いを楽しんでほしいという館のコンセプトがダイレクトに表現された建築でしょう。時代も規模も異なれど、起伏のある空間での散策を誘発する安藤建築のエッセンスを一度に味わい、世界的建築家の芯となる部分に触れることができたような気がします。
こども本の森 神戸の外観。階段状の前庭にも学校帰りの学生たちが遊ぶ姿が(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)
巨大な本棚が絡み合うような内部空間。本棚の一部が切り取られ、子ども用の机が配置されるなど、遊び心満載の読書空間に安藤ファンの大人たちも大興奮だった(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)
今後の継続についてはまだ確定できていない状況ではあるそうですが、確かな手応えを感じているという松原さん。
「私も現地で見学されている方の様子を見ていましたが、参加者の方々の反応は予想以上のものでした。こんなにすごい建築を見せてくれてありがとう、と受付のスタッフに声をかけていた方がいらっしゃり、建物への敬意やスタッフへの感謝を通して新たな交流が生まれる機会になったのだなと感じました。スタッフも楽しんで対応している様子が伝わり、開催してよかったなと強く思いましたね」
建物を媒介とした交流は、名建築の文化的な価値を広め、次世代につないでいくエネルギーにもなることでしょう。大阪、京都、神戸の建築祭の継続はもちろんのこと、日本各地でこうしたイベントが広まっていく期待を胸に、まずはお近くの名建築巡りを楽しんでみてはいかがでしょうか。
●取材協力
神戸モダン建築祭 実行委員会
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