10年目を迎え活況続く中東のオンラインカウンセリング事業、文化への理解がカギ
日本では近年すっかり浸透したオンラインカウンセリングサービス。プロのカウンセラーやセラピストとユーザーとをマッチングするデジタルプラットフォームやアプリなどが展開されており、時間に余裕がない、クリニックが近くにないなど、物理的に通院が困難な層の需要を満たしている。また、診察を受けていることを近親者に明かせない人が匿名で相談できるといったメリットもある。
一方、日本を含むアジア地域同様かそれ以上にメンタルイルネスへの偏見が根強い中東各国(MENA)でも、オンラインカウンセリングビジネスが活況を呈している。このビジネスが中東で芽吹いてから10年、スタートアップの新規参入が今も止まらない。
各社が類似のサービスを展開するなか、「まだ需要に供給が追い付いていない、パイは大きい」として、新規参入を予定しているスタートアップがある。ドバイを拠点とするSukooniだ。同名のアプリは2024年2月現在事前登録の段階で、サービスはまだ始まっていない(ヨルダン発の瞑想アプリ「Sukoon」とは別もの)。後発として、先行する同業他社との差別化が重要になるだろう。
ムスリム圏でスティグマ化されたメンタルイルネスへの課題
保守的なアラブ社会では、精神疾患はアルコール中毒や金銭的破綻よりも恥ずかしいこととしてスティグマ化され、口に出すことさえもタブーとされている。若者に多い一過性の精神状態と軽んじられたり、信仰の欠如とみなされたりすることもあるため多くの人々が適切なケアを受けられずにいた。たとえ適切なケアにアクセスできたとしても、治療費が高額すぎるという問題もあるという。
その中で注目されたのが、プライバシーを守れる“オンラインでのカウンセリング”だ。1対1だけでなくカップルや家族でも受けられるほか、従業員のメンタルヘルスを改善する目的で導入する企業顧客も多い。現在では、ヨガや瞑想・睡眠アプリなど広義のものを含めると、オンラインのメンタルケアサービスにはMENA全体で30社ほどが参入している。
最古参はエジプトを拠点とするShezlong。2014年創業の同社が運営する同名のプラットフォームは、ローンチ時は登録セラピストがわずか3人だった。それが今では350人のセラピスト、85か国以上に合計120万人ものユーザーを抱えるまでに成長を果たした。2020年にはシリーズAラウンドにて資金調達を成功させている。
Shezlongの創業メンバーの1人Ahmed Abu ElHaz氏は、エジプトのソフトウェアエンジニアだった。2014年にギザのピラミッド観光中に落馬し、片手が使えなくなるかもしれないと診断され失業。その後うつ病になったが、セラピストを見つけるうえで困難に直面したことからオンラインカウンセリングのアイデアが生まれたという。
サウジのスタートアップLabayhは2018年創業。創業者である元エンジニアのAl Beladi氏は2016年に米国でバイク事故に遭ってしまう。1か月後に帰国したものの心的外傷後ストレス障害 (PTSD)を発症。米国在住の医師にオンラインで治療を受けて回復し、事業のアイデアが浮かんだという。2023年にはUAEの瞑想アプリNafasを買収するなど、ユーザーベースとサービス分野を拡大している。
ShezlongもLabayhも元エンジニアの男性が創業メンバーであり、身体的な負傷とその後の精神的ケアの必要性から創業に至ったという共通点が興味深い。
女性起業家たちも活躍している。アラビア語で「手助け」を意味するAyadiはクウェートで2020年に創業された。創業者のLatifah Al Essa氏は認知心理学者として10年以上のキャリアを持つ人物。セラピストとしての視点とケアを必要とする個人の視点を兼ね備えるという強みがある。彼女の祖父がアルツハイマーを発症した際、セラピストを見つけるのが非常に困難だったことが起業のきっかけとなったようだ。
UAEアブダビを拠点とするTakalamも、同じく2020年に2人の女性Khawla Hammad氏とInas Abu Shashieh氏によって設立された。Hammad氏は起業理由について個人的な体験を挙げている。創業者2人は政府機関や民間企業で確固たる実績をあげる一方で、ともに抑うつ症状や不安に悩まされていた。だが地理的制限や文化的偏見などのハードルがあり、プロフェッショナルなケアに気軽にアクセスすることができなかったという。「Takalam」とはアラビア語で「話す」の意味だ。
Takalam社は、アブダビ保健省とPlug and Playがコラボ開催したプログラムへの参加を初期のマイルストーンとし、アブダビ投資庁やUAEグローバルテックハブ機関「Hub71」からの支援によって成長を果たしている。
アラブ社会の文化への理解度を重視しながら古い偏見を打破へ
いずれのサービスもテキストメッセージやチャット、音声通話、ビデオ会議などでカウンセリングを提供するものだ。正式な資格を有する登録セラピストやカウンセラー、複数の言語対応、匿名状態での面談、AI活用などを共通の特徴とする。各社ともMENAに残るメンタルイルネスへの偏見の打破を使命に掲げ、意識向上のためのコンテンツ制作やキャンペーンなどで政府の関連省庁や同業企業と協力している。
アラブ社会の文化的背景に対する理解を重視する姿勢も各社に共通する点だ。Sukooni社の創業者であるAli Owainati氏は、パンデミック中に欧米のカウンセラーからセラピーを受けた友人たちが文化への理解がないと嘆いたことからヒントを得たと語っている。保守的なアラブ社会では女性への抑圧が強いことから、ユーザーには女性が多い。一方で、男性は「男らしさ」の抑圧があるため積極的に助けを求めにくいという。世代間格差もあり、若い世代は少しずつ偏見から解放されつつある一方、上の世代はタブー意識がぬぐい切れないようだ。
ちなみにパンデミックはこの分野にとっては追い風としてはたらいた。外出自粛でテレヘルスが浸透したうえ、メンタルの不調を覚える人の増加により需要が伸び、ユーザーベースの拡大につながったのだ。また、パンデミックを機にメンタルヘルスに対する意識が変わりはじめ、以前よりオープンに議論されるようになったという。各国政府もメンタルヘルスの重要性に気づき、動き始めている。
多数の競合他社でにぎわうこの分野に新規参入するSukooni社。UAEの基準だけでなく米国のHIPAA(Health Insurance Portability and Accountability)やEU一般データ保護規則(General Data Protection Regulation)などへの対応を視野に入れている。セキュリティを強化することで、ユーザーとカウンセラー双方にプライバシーが確実に守られる環境を提供したいと語っている。果たして他社との差別化に成功するだろうか。
引用元:Shezlong
Labayh
Ayadi
Takalam
Sukooni
(文・Techable編集部)
ウェブサイト: https://techable.jp/
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