田中兆子『今日の花を摘む』の女たちの関係がいい!

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 半年ほど前に刊行された小説なのだが、このたび「本屋が選ぶ大人の恋愛小説大賞」を受賞し、書店で目に留まる機会も増えると思うので、紹介させていただきたい。私も選考に関わったのだが、新鮮でリアリティのある小説だった。読んでいると「おいおい!」とつっこみたくなる気持ちと、「わかるわー」という共感が交互に押し寄せてくる。タイトルや装丁からしっとりとした大人のエロスを期待する方も多いと思うが、そういう小説ではないことを先にお伝えしておく。

 主人公・愉里子は、中堅出版社に勤める会社員だ。五十代、独身、一人暮らし。見た目は一見地味で、若い男性社員からは「毎日似たような服」「ジャニーズとか韓流とかにものすごい金遣ってそう」などと言われているが、いちいちイラッとすることもなく、サラッと流せる大人である。会社ではあまり出世していないものの、休日はたっぷり寝て、部屋には季節の飾り物をして、茶の湯という上質な趣味を嗜み、充実した毎日を過ごしている。そんな愉里子が、自分の機嫌を取るためにしているもう一つの趣味が「花摘み」だ。……と言っても、野原でかわいい花々を愛でているとかではない。さまざまな男性との肉体を伴ったかりそめの恋を、密かにそう呼んで楽しんでいるのだ。

 そのネーミングセンスに笑った。しかし、あまりいい趣味とは思えない。そんなことしてると厄介なことにも巻き込まれるんじゃ……、などと固いことを考えてしまったが、あとくされのなさそうな相手を選んで割り切った関係を楽しみ、それ以上の期待も依存もしない愉里子には、湿っぽさが全くない。まるでスポーツで爽やかな汗を流しているかのように健全だ。楽しそうでいいね!とだんだん思えてくるのである。

 そんな愉里子が強く惹かれる男性が、茶の湯の趣味を通じて知り合った七十歳の万江島である。妻には先立たれており、一人で暮らす広い邸宅で茶会を開くような富裕層の趣味人だ。別世界の人だと思っていたのだが、「花摘み」の相手につきまとわれて困っていたところを、粋なやり方で助けられたことから、距離が縮まっていく。男性に対する性的な不満や希望を率直に口にする愉里子を、万江島は肯定してくれる。「花摘み」は「花摘み」として楽しみつつも、二人で時間を過ごす時間を心待ちにするようになるが……。

 大人同士の恋の行方と、加齢による身体の変化とどうつきあっていくのかが読みどころなのだが、この小説の面白さは、女性同士の関係の描き方にこそあると私は思う。個性の違う魅力的な人々が登場する。学生時代からの親友で、美しい勝ち組主婦の留都、気の合う同期かつ上司で「女ライオン」と呼ばれているモリジュン、そして、恋のライバルなのに憎めないゴージャスな美女・すみれ……。愉里子と彼女たちは、信頼しあっていてつっこんだ話もするのだが、踏み込まれたくない領域のことは何も話さないし、聞き出そうとしない。だけど、本当に困った時にはすっと打ち明けられて、助け合える。時には複雑な感情を抱くことがあっても、相手の生き方を尊重し、幸福を心から願っている。そんな関係には、同世代の女性としてとても共感できて、心打たれるものがあった。

 物語の後半では、部下がセクハラ被害にあい、愉里子は深くその問題に関わっていくことになる。女性たちが一致団結して悪を倒し、気分スッキリ……のような展開になるわけではない。正しいと思うことは同じはずなのに、世代や立場によって考え方も違い、気持ちもすれ違ってしまうあたりがとてもリアルだ。声を上げられなかった悔しさや、長い物に巻かれてしまった後ろめたさは、切実すぎて心が痛くなる。さまざまな立場の人たちに寄り添いつつ、目的を果たそうとする愉里子の闘いにも注目していただきたい。

 他人のものさしではなく、自分の価値基準で生きてきた愉里子は、物語の最後に予想外の人生を選択する。先の見えない不安、時々ふと感じてしまう孤独……。そういうのも悪くないかも。ため息をつくより、日々を楽しんでしまえ!と思える、元気の出る小説だ。

(高頭佐和子)

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