精神とブラックホールをつなげる大仕掛けのアイデア〜矢野アロウ『ホライズン・ゲート 事象の狩人』
第十一回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作。独自のアイデアがふんだんに投入され、かなり凝った設定の宇宙SFである。ただし、物語の一番の駆動力となるのはラブロマンスなので、けっして取っつきにくい作品ではない。
正体不明の超文明が遺したと思われる巨大ブラックホールの調査がおこなわれている。装備をまとってブラックホールへと接近する役目の少年イオは、過去・現在・未来を見通す脳構造を備えたパメラ人だ。彼の特殊な主観がこの作品の大きなポイントとなる。
主人公の少女シンイーはイオのパートナーであり、惑星カントアイネ出身の辣腕の狙撃手。彼女の標的は、イオの活動の妨げになるネズミと呼ばれる存在(ブラックホール近傍にあらわれる影のようなもの)である。ネズミが発生する機序についてそれなりの仮説はあるが、詳しいところは解明されていない。この謎が終盤に重要な意味をもってくる。
ブラックホールには時間勾配がともなうため、重力井戸の深いところまでいくイオと、じゅうぶんな距離をとって銃を構えるシンイーとでは時間のズレ(いわゆるウラシマ効果)が生じる。これがラブロマンス展開においての障壁であり、だからこそいっそう心を高める燃料にもなる。
また、イオにはイオの、シンイーにはシンイーの種族的事情があり、それが人類宇宙史の陰の部分につながっている。
単行本で二百ページ足らずのコンパクトな作品ながら、かように多くの設定が詰めこまれ有機的に絡んでいるのだ。
大きな真相にかかわるため、ここで詳しく述べるわけにはいかないが、人間の精神とブラックホールを結びつけるアイデアは、小松左京「ゴルディアスの結び目」以来の大仕掛けだ。ただし、陰鬱な状況のなか底へ底へと”落ちて”いく小松作品に対し、『ホライズン・ゲート』はイオとシンイーの関係も、ブラックホールをめぐる謎についても”開いて”いく。結末にもカタルシスがある。
(牧眞司)
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