垣谷美雨『墓じまいラプソディ』の松尾五月(61歳)がいい!

 墓じまいがちょっとしたブームであるらしい。ますます少子化が進む日本、多くの家族にとって、先祖代々の墓をキープし続けることが難しいのは間違いない。身勝手な生き方をしてきた私にとっても、人生も半ばを過ぎた今、他人事ではなくなってきた。今後を考える上で、大変勉強になる小説だった……と同時に、めちゃくちゃ笑える小説だ。顰蹙系の主人公・松尾五月(61歳)のキャラが、とにかくいい!

 五月は、夫と二人の成人した娘がいる主婦だ。早くに親を亡くして苦労した上に、最初の結婚生活は悲惨だったが、幼かった長女を連れて再婚した今の夫は、真面目で穏やかな性格である。以前はスーパーでパートをしていたが、今は同じマンションに住む友人と一緒に、古い着物を利用して作った手芸品をフリマサイトで売り、結構な額を稼いでいる。人生に前向きで、なかなかやり手な人物である。

 夫の故郷・新潟に住む姑が亡くなってしばらく後、義姉・光代から夫の元に連絡がある。地元の男性と結婚した光代は、病床の母から「松尾家の墓には入りたくない」と言われ、樹木葬にすると約束をしてしまっていたらしい。母の意志を大切にしたいが、父親がショックを受けるだろうと思うとどうしたらいいのかわからず、きょうだいで話し合いたいと言う。

 五月は「私の遺骨などゴミ箱に捨ててもらってもいい」と思っており、墓には関心がない。だったら関わらなければ良いのだが、義兄と義姉を招いて自宅で話し合いをし、光代には家に泊まってもらうように夫に強く勧めるのだ。義務感や親切心からではない。今後のことが心配だからでもない。良妻賢母だった姑の本音を知りたいという好奇心からなのだ。話し合いが始まると、彼らの会話を聞き漏らすまいと必死になり、「それ言っちゃおしまいだって」とつっこみたくなるようなぶっちゃけ発言をして、場の空気を凍らせる。

 下世話な好奇心と鋭い観察眼、ためらいを見せずにかましてくる爆弾発言、苦労の末に身につけた逞しさと合理的な発想……。娘たちからも呆れられる非常識キャラは、親族や友達になるとムカつくこともあるかもしれないが、物語を面白くする上では最高である。話は姑の遺骨に留まらない。これをきっかけに、松尾家代々の墓の今後、娘の婚約者の家の墓の改葬にかかるという巨額な費用、家に縛られてきた人々の怒りや苦しみ、夫婦別姓など、さまざまな問題が溢れてきて、墓と家をめぐる登場人物たちの本音と葛藤が次々にあらわになっていく。

 五月の発言に笑ったり、古い考えで当たり前のように人を縛ろうとしてくる人々にイラついたり、墓にかかる費用の多さや手間にゾッとしながらも、最後はしんみりとした気持ちになってしまった。時代や立場によって、何を正しいと思うのかも、何が嫌かと思うのかも違う。それをまとめて一つの結論に持っていくことは、とても難しいのだと改めて思うが、ややこしい話をシンプルに考えるヒントが、この小説にはたくさん入っている。今生きている人間もいずれは全員死ぬし、悼んでくれる人だって、みんな死んでいくのだ。そう思うと、だいぶ気が楽になる。墓問題が切実な人もそうじゃない人も、肩の力を抜いて読んでいただきたいと思う。

 (高頭佐和子)

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