映画『福田村事件』が依拠した史科書籍 歴史に埋もれた100年前の事件を掘り起こす

映画『福田村事件』が依拠した史科書籍 歴史に埋もれた100年前の事件を掘り起こす

 2023年9月1日に公開された、井浦 新さん、田中麗奈さん、永山瑛太さんらが出演する映画『福田村事件』。この作品は、『A』『A2』『i 新聞記者ドキュメント』などこれまで数々の社会派ドキュメンタリーを手掛けてきた森 達也監督による初の劇映画です。「劇映画」と言っても、物語は関東大震災後の実話をもとに作られたもの。この作品で森監督が依拠した史科書籍が、ライターの辻野弥生さんによる『福田村事件 -関東大震災・知られざる悲劇』です。今から10年前に出版されたのち絶版になっていた同書ですが、事件から100年の節目を迎える2023年6月、大幅に増補改訂されて復刊されました。

 福田村事件は、関東大震災発生から5日後の1923年9月6日、千葉県東葛飾郡福田村(現在の野田市)で、四国の香川県から薬の行商に来ていた一行15人が朝鮮人と間違われたことなどをきっかけに、100人以上の村人に襲われ、幼児や妊婦を含む9人が命を落としたという事件です。

 この背景には、震災直後から各地に広まった流言蜚語(根拠のないうわさ)にあります。頻発する余震と火災でパニック状態の民衆のなかで「朝鮮人が井戸に毒を入れた」「日本人を皆殺しにしようと火をつけた」などのデマが飛び交い始め、「それはあたかも枯草に放たれた火のように、たちまちにして人々の間を駆け抜けた」(同書より)といいます。

 この事件はもともと世間にはほとんど知られておらず、著者の辻野さん自身、ある人に「ぜひ調べてください。地元の人間にはとても書けないから」と持ち掛けられて初めて知ったそうです。地元では一種のタブーとして、”ないもの”とされていた事件でした。

 辻野さんは県立図書館に日参し、当時の新聞記事をひたすら拾ったり、現地に住む近隣住民や3代、4代前から犠牲者の供養を続けている寺院の住職に話を聞いたりと足を使った取材をおこない、ついには事件で生き残った被害者からも話を聞くに至ります。辻野さんの丹念な積み重ねが多くの人々の反響を呼び、映画の実現にもつながったことは間違いないでしょう。

 同書を読むと痛感するのが、集団心理の恐ろしさです。森監督は同書へ以下の文章を特別寄稿しました。

「凶悪で残虐な人たちが善良な人たちを殺すのではない。普通の人が普通の人を殺すのだ。世界はそんな歴史に溢れている。ならば知らなくてはならない。その理由とメカニズムについて。スイッチの機序について。学んで記憶しなくてはならない。そんな事態を何度も起こさないために」(同書より)

 福田村事件は100年も前のできごとですが、私たちは東日本大震災のとき、新型コロナ感染症によるパンデミックのとき、社会に正誤わからぬ情報が錯綜する不穏な空気を体感しています。悪質なデマゴギーで死に追いやられる人がいるのは今のネット社会も同じです。今を生きる私たちが同じ間違いを起こすことがないよう、過去の事件について書かれた同書から読み取るべきことは多いのではないでしょうか。

[文・鷺ノ宮やよい]

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