「魚」と「鳥」の名コンビがいいぞ!〜蝉谷めぐみ『化け者手本』
「魚様、鳥が現れよりました」
主人公の二人が出揃う時に書かれるそんなセリフに、ニヤついてしまった。動物たちが活躍するファンタジー……でない。江戸の町を舞台に、芝居に関わる人々が殺人事件に翻弄される姿を描いた小説である。著者は蝉谷めぐみ。鮮烈すぎたデビュー作『化け者心中』(角川文庫)に登場した「魚」と「鳥」が、また活躍する。
鳥屋を営む藤九郎のところに、1匹の猫がやってきて「ねうねう」と鳴く。仕方がなく店仕舞いをして彼が向かったのは、猫の飼い主である元役者の家だ。魚之助は女形としてたいそう人気があったのだが、訳あって膝から下を切断し舞台を降りた。今も女子の姿で生活をしていて、人々の注目を集めるカリスマ的存在なのだが、芝居小屋に行く時に足代わりとなって背負うのが、藤九郎の役目なのである。
そんな二人に、中村座の座元からある事件の話が持ち込まれる。芝居の終演後、客席に残っている男に声をかけたところ、死んでいたという。その男は首が折れていて、なんと両耳から棒が突き出ていたというのだ。見立て殺人なのか、妖怪の仕業なのか。同様の事件は二度目であり、繰り返されることも考えられる。真相を突き止めてほしいと依頼され、二人は芝居小屋に向かう。舞台に関わる人々や被害者である関係者から話を聞くのだが……。
まずは、素直で裏表のない鳥屋と、役者として芸を極めた経験から物事の裏側を見抜く力を持つ元女形のコンビがいい。人を疑うことを知らず、すぐに同情したり熱くなる藤九郎に対し、魚之助は鋭く冷酷な言葉で人の本音に迫っていく。しょっちゅう呼び出されると文句を言うくせに、しばらく呼ばれないと心配になってしまう単純な藤九郎を、魚之助はうまく利用して弄んでいるようにも見える。だが、魚之助の内側には胸が締め付けられるような不安と複雑な思いがあり、二人の心はすれ違う。恋人でも家族でもなく、友情とも主従関係とも違うその関係にハラハラさせられっぱなしだ。
芝居小屋の細やかな描写や、そこで生きる人々も魅力的だ。芝居のこととなると妥協できずプライドの高い魚之助と、怪しい美しさを持つ当代きっての人気女形である円蝶との緊張感あふれる会話にはゾクゾクしてしまうし、芝居者たちによって語られる筋書きは、臨場感たっぷりだ。読んでいると江戸の芝居小屋にタイムトリップしたような気持ちにさせられる。
事件の真相に近づくにつれて藤九郎が触れるのは、大切なものを命と競わせることによって、価値を信じようとする人々の生きざまだ。ある者は自分の恋心のために、ある者は芝居への情熱のために、一線を越えることを厭わない。戸惑う自身の心と向き合う藤九郎の言葉が、真っ直ぐに突き刺さってくる。この単純で当たり前の優しさこそ、芝居の世界だけで生きてきた魚之助が必要としているものであり、今を生きる私たちにとっても、忘れてはいけないものなのではないか。
江戸文化に対する確かな知識と想像力をきらめかせつつ、時代が移っても変わらない人間の業に真摯に迫った著者の今後の活躍が楽しみだ。鳥屋と元女形の名コンビにも、いつか再会させてほしい。
(高頭佐和子)
- ガジェット通信編集部への情報提供はこちら
- 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。