Interview with Lucinda Chua about “YIAN”

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イギリス、マレーシア、中国の文化をバックグラウンドにもつアーティスト、ルシンダ・チュア。「先祖代々のトラウマを歌ったポップ・ソング」と自ら呼ぶ“Echo”という曲で彼女は、エレクトリック・オルガンの美しい音色が飾るシネマティックなサウンドにのせてこう歌う。「あなたの恥は受け継がない/あなたの残響にはもうならない……他の誰にもなれない/あなたを見て、わたし自身を見る」。先日〈4AD〉からリリースされたデビュー・アルバム『YIAN』は、多文化的な家庭で育った彼女が、愛や悲しみ、成長、帰属意識を通じて不確かだった自身のアイデンティティについて理解と考察を深めていく記録でもある。そして、中国語で「ツバメ」を意味するそのタイトルは、アンビアント/ドローンやダウンテンポ、モダン・クラシカル、R&B……とさまざまなジャンルの間を渡り鳥のように飛び回り、さらには音楽とダンスやインスタレーションを融合させるルシンダ・チュアという「表現者」の、自由で何物にも縛られることがないスタイルを表しているように思えて示唆的だ。「私が真のアーティストになるために必要だと思うのは、多様な創造性を育み続けること」――先日、八ヶ岳高原の音楽堂で行われたライヴ・パフォーマンスを幸運にも観ることができたひとはきっと、そんな彼女の魅力を目と耳に刻むことができたのではないだろうか。

――“Echo”のミュージック・ビデオでの、センシュアルで力強いパフォーマンスに惹きつけられました。


ルシンダ「動くことによって音楽とつながり、感情の頂点に達する。私が経験したことは、おそらくそういうことだと思います。ビデオのテーマについては、私と監督のジェイド・アン・ジャックマンのコラボレーションで、私たちが一緒に書いた物語のようなもの。ふたりとも、内面的な世界のような別世界を作る、というアイディアが気に入って、それを形にしてみることにしました」


――チュアさん自身も振り付けに関わったそうですが、現場ではどんな感情で踊り、どんな思いで制作に臨まれたのでしょうか。


ルシンダ「ビデオで演じているのは自分の感情の風景です。だから、特定の物理的な場所とわからないような、別の現実を感じる必要がありました。そして、白い世界と赤い世界があるけど、そのどちらの世界でも変わらず存在しているのが黒い岩。あの岩が表現しているのは、永久に存在し続ける祖先の存在。そして、雪やバラのような自然は、感情や気分を表している。雪って降り始めはとても楽しい気分になるけど、その後嵐になったりもしますよね。バラの花も、とても美しい花だけど、トゲがあったりもする。つまり、喜びと苦しみという二面性を同時にもっている。動きに関しては、(ダンス・ディレクターの)チャンテル・フーとたくさん時間をかけて話し合い、動きの追求を重ねました。私自身も中国の古典舞踊を習ったりして、その動きやバレエの要素を取り入れたりもしましたね。写真家として勉強してきたからか、私は音楽を作るとき、それを視覚的に考えることもあるんです。この曲は、イメージとしては、情景を描き、その中を歩いているような感じですね」





――あなたが過去にライヴ・バンドのメンバーを務めたFKAツイッグスもまさにそうですが、あなたの場合も、ダンスを含めた身体表現と音楽表現、サウンドのイメージとが密接な関係を結んでいる印象を受けます。


ルシンダ「映像も音楽も、表現方法は違っていても、同じところから来ていると私は思う。私は表現するということ自体にやりがいを感じるんです。だから、自分でプロデュースしたり、ミュージック・ビデオのために動きやダンスを学んだり、衣装を作ったりもする。私はきっと、そのコミットメントをとても楽しんでいるんですね。私にとってはすべてクラフトであり、それを見つけること、自分でやることが楽しみの一つ。新しいことを学ぶのは楽しいし、それに没頭することが好きなんです。それが、アーティストでいることの中で一番好きな部分ですから」


――ダンスもそうですが、どんな音楽やアート、カルチャーとの出会いがルシンダ・チュアというアーティストを形作ってきたのか興味があります。幼い頃に育ったイングランドのミルトン・ケインズは閉鎖的で保守的な環境だったそうですが、チュアさんはどんな人生を歩まれてきたのでしょう。


ルシンダ「生まれはロンドン。ミルトン・ケインズには10代の頃に引っ越して、それ以降あの街で育ちました。そして、今はまたロンドンに住んでいます。音楽を始めたのは3歳。日本発祥の音楽学校、スズキ・メソードで3歳からピアノを習い始めました。学校では、楽譜を読むのではなく、耳で聴いて音楽を学んだんです。そして、10歳の時はチェロも始めて。バンドでチェロを弾き始めたのは15歳の時くらい。それくらいから、ロック・バンドやメタル・バンドでチェロを弾くようになって、そのあとはポスト・ロック(Felix)もやり始めました。自然と曲を作るようにもなったのはそのあとくらい。そして、初めてレコーディングをしたのは、10代後半、17〜18歳くらい。学校の授業の一環で、単位取得のためにやった課題があって、それが音楽制作に関するものでした。自分で音楽を作って、録音する、みたいな。私はチェロも弾けるし、歌も歌えるから、この課題が自分にぴったりだと思ったんです。それで、そのプロジェクトのために何曲か作って、それが自分で作った曲をレコーディングする最初のきっかけでした」





――バックグラウンドと経験があって今のスタイルに到るんですね。


ルシンダ「アートやカルチャー面でいうと、私は昔から映画を見るのが大好きで。今は映画館の隣に住んでいるから、本当にたくさんの映画を観ています。映画って、違う世界に逃避させてくれますよね。あとは、舞台も好き。セットデザインもそうだし、空間からもインスパイアされるから。それから、最近初めてオペラを観に行ったんだけど、本当に素晴らしい体験でした。オペラ歌手がステージの外で歌い始めるっていうのがすごく不思議な感覚で、かれらがゆっくり舞台の前方に歩いてくると、遠くから聞こえてきた声がどんどん近づいてくる。それをオーケストラの生演奏が彩るというのが本当に素敵でした。私にとって、建築とパフォーマンスと音の相互作用を体験するのは本当にワクワクさせられること。舞台の上で、その境界をできるだけ曖昧になることによって、自分が中にいるような感覚を味わえるから。私自身もそういうことに興味を持っているんです。私の家族は両家とも建築家が多い。だから、美しい建物を鑑賞することよりも、自分の空間をデザインすることを意識して育ってきたように思います。きっと家族に影響されたんだと思うけど、自分で設計して自分でやる、という哲学がすり込まれているんです」



――興味深いお話ですね。そうしたなかで、あなたが初めて見つけた、自分の音楽と呼べるものはなんでしたか。自身をアイデンティファイできた、あるいは夢中になるほど心を奪われた音楽は?


ルシンダ「多分、それはクラシック音楽だと思います。昔は本当によくクラシック音楽を聴いていたし、クラシック音楽には共感を覚えることが多かったから。異なる楽器の質感や色彩が調和している様子に惹かれたんです」





――ちなみに、先ほども名前を挙げたFKAツイッグスとはどのようにして出会ったのでしょうか。彼女とのエピソード、彼女から受けた影響などあれば教えてください。


ルシンダ「彼女と知り合ったのは、ティック(Tic)を通して。彼は彼女のバンドに所属していたことがあって、当時の彼女のレコード会社〈Young〉でも働いていたんです。当時〈Young〉に所属していた1010ベンジャSLっていうアーティストとチェロのセッションをしたことがあって、それでティックに出会いました。そしたら、そのセッションの数ヶ月後にティックからメッセージが来て、FKAツイッグスがチェリストを探しているんだけど、君を推薦してもいいかな?って言ってくれて。もちろん、返事は『イエス』でした」


――へえ。


ルシンダ「彼女と一緒に仕事をした2年間は、音楽的な成長だけじゃなく、自分のアイデンティティや自信という点でも急速に成長した時期だったと思います。彼女が私に与えてくれた最大の影響は、“自分は常に楽器の後ろに隠れたミュージシャンなんだ”と思わなくなったこと。彼女は、パフォーマーになる方法、ステージで心地よくすごく方法、心地よく動く方法、楽な姿勢の取り方を始め、いろいろなことを教えてくれました。彼女は、“アーティストであることは、単に楽器を演奏する以上のものである”ということを教えてくれたんです。そして、パフォーマンスまでのプロセスにおける創造的な要素すべてが、私を超えた芸術性になり得ることを学びました。それは、私にとって本当に大きなインスピレーションだったと思います。彼女のパフォーマンスを間近で見て、自分にもできるんだ、という自信ももらいました。おかげで自分を表に出すことが怖くなくなり、パフォーマンスの分野で成長し始めたんです。以前の私は、いつもチェロの後ろに隠れていました。自分が中心にいる人間でいることにまったく自信がなくて。でも、FKAツイッグスと一緒に過ごして、広い意味で彼女の芸術性に刺激を受け、自分の殻を破ることができた。彼女はミュージシャンであり、プロデューサーであり、素晴らしいシンガーであり、とても力強くてクリエイティヴでもある。彼女のやることすべてにそれが反映されているし、彼女のその部分からは、本当に刺激を受けています」




――デビュー当初の楽曲については、トリップホップやポスト・クラシカルといったタームで語られるレビューも見かけましたが、今回のアルバム『YIAN』ではよりジャンルレス、ボーダーレスに多様なサウンドがクロスオーバーしていて、音楽的な表現の領域が押し広げられていると感じました。今作では、プロデュースやエンジニアリングも多くの曲で手がけられていますが、サウンド面についてトライしたかったことはなんでしたか。


ルシンダ「これまでの作品ではあまり優先していなかったけど、今回は、もう少し自分の声を使いたいと思ったんです。シンガーであるということが、今回はすごく新鮮に感じられました。フルレングス・アルバムということで、さまざまな感情や気持ちを伝えられるような声の出し方を探したいと思って、そのためにより声を探求することを意識しました」


――最もチャレンジングだった楽曲は?


ルシンダ「楽曲単位で作るのが大変だったものは特にないですね。それよりも、どの曲においても、いかに自分をさらけだせるかが一番のチャレンジでした。曲のなかには、私が他の人に一度も話したことがないようなことを掘り下げているようなものもあるから。でも、今回それに挑戦したおかげで、音楽は自分の考えを探求するためのとても安全な場所なんだと感じることができました。そして、音楽を通して一度その経験を処理すれば、友人とそのことについて会話ができるようになる。それはすごく良かったと思います。今回、音楽のなかで探求していた感情やコンセプトの多くは、私にとってまったく新しいものでした。だから、曲を作りながら、私自身もそれを学ぶことができたんです」


―― 一番気に入っている曲や、誇りに思える曲などはありますか。


ルシンダ「私がアルバムの中で一番好きなのは、多分“An Ocean”です」


――その理由は?


ルシンダ「これは最後に書いてレコーディングした曲なんだけど、すごくうまくまとめることができたと思うから。アルバム制作の終盤の時点だったから、曲作りの流れが前よりもつかめていたんだと思います。私がその曲で一番誇りに思えているのは、最後の3つのコーラスと、その周りの自分で書いたストリングのアレンジ。理由は、すごくシンプルな瞬間で、それが3回繰り返されるんだけど、ストリングスがその一つひとつを新鮮に感じさせてくれるからです。その部分は、作曲家として誇らしく思えました。ストリングスに関しては、ソウル・レコードのストリングス・セクションのようなものをイメージしました。ヴォーカルと楽器のコール&レスポンスみたいな感じで気に入ってます。楽器が海になっているような曲がこの作品なんです。私が自分の物語を歌うと海がそれに応えてくれるような、海とのデュエットのような作品」





――今回の『YIAN』についてあなたは、「このアルバムは、私が自分のなかの“未知”の部分、つまり、受け継いだけれども完全には理解できなかったものを探し求めたことの結果なのです」とコメントを寄せられています。そうしたテーマ、あるいは問いかけはどこからやってきたのでしょう?


ルシンダ「意図的に思いついたというよりは、レコード制作の終盤に作品を振り返ったときに、『私、こんなことやってたんだ』『あ、こういうことだったのか』と自然に気がついたんです。きっと、ずっと自分の頭のなかに存在はしていたんだろうけど、それが自分にとって何を意味するのかを理解するのに時間がかかったんでしょうね。“YIAN”という言葉は中国語でツバメを意味していて、私のミドルネームでもあるんだけど、ある意味、自分にとってその中国語名の部分が私のなかで未知の部分でした。でも今回のアルバムを作っているとき、私には、その部分をもっと知りたい、もっと時間をかけて大切に育てたい、という気持ちがありました」


――その「自分のなかの未知の部分」を、アルバムの制作を通じて理解できたという実感を得ることはできましたか。


ルシンダ「答えが出たわけではないんです。このアルバムを作ることで、自分自身のことについて多くのことを学びました。でも、それは必ずしも文章でまとめることができるようなものではないし、これからも探求し続け、育てていくものだから」


――ミルトン・ケインズで育った少女時代は、周りにアジア系のコミュニティもなく、自身を重ね合わせることができるようなロールモデルもいなかったと聞きます。これからアーティストとしてこういう存在になりたい、みたいなヴィジョンや思いはありますか。


ルシンダ「私が真のアーティストになるために必要だと思うのは、多様な創造性を育み続けること。想像し、作り、学ぶことは、私にとってすごく楽しいことでもあるんです。ダンスを勉強したり、エンジニアリングやプロダクションのスキルを身につけたり、中国の伝統的なシルクのセンスの作り方を学んだり、自分のドレスを縫ったり、自分のミュージック・ビデオを監督したり、今後もそうやってさまざまなことに挑戦していけたらいいですね。次にどんな道に進もうとも、クリエィティヴに手を動かし、学び、成長し、新しいことを試し、探求し、より多くの人々とつながり、コラボレーションできるような機会を見つけ続けていくことが私のヴィジョンだと思います」





photography Satomi Yamauchi(IG
text Junnosuke Amai(TW



Lucinda Chua
『YIAN』
Now on Sale
(4AD / Beat Records)


BEATINK.COM:
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13240


TRACKLISTING
01.Golden
02.Meditations On A Place
03.I Promise
04.You
05.An Ocean
06.Autumn Leaves Don’t Come
07.Echo
08.Do You Know You Know
09.Grief Piece
10.Something Other Than Years

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