ライリー・セイガー『夜を生き延びろ』の予想外の展開に驚く!
物語の構図は単純なほうが驚きも大きい。
ライリー・セイガー『夜を生き延びろ』(鈴木恵訳/集英社文庫)を読んで感じたのは、そんなことだった。物語作法について考えさせられることになるとは思わなかったな。
セイガーはジャーナリストや編集者などを経て作家デビューした人で、第一作の『すべてのドアを鎖せ』(集英社文庫)で日本には初紹介となった。一口で言えばショッカーの書き手である。びっくりさせることを目的としたスリラーとでも言うべきか。章の終わりには必ずどきりとする切れ場を入れて、次はどうなるんだ、という関心で読者を惹きつけていく。『ダ・ヴィンチ・コード』(角川文庫)で勇名を馳せたダン・ブラウンも情報小説の部分を除けば基本はそういう作家である。現代においてこの技法を最も巧みに使う書き手はジェフリー・ディーヴァーであろう。そのディーヴァーが『夜を生き延びろ』を推薦しているという。つまり未来のベストセラー作家候補というわけか。
ただし、刺激というのは絶えず与え続けられると慣れてしまうものである。そのへんのところをどう考えているんだセイガー、と思いながら本書のページをめくり続けた。
主人公のチャーリーはニュージャージー州のオリファント大学映画学科に属している。チャーリーという名前だからわかりにくいが、女性である。彼女はこどものころに自動車事故で両親を喪ったが、映画を観ることで救われた。そのため、ちょっとどうかと思うほど映画にのめりこむ癖がある。現実生活の中でも、突然過去の出来事などの映像が頭の中で再生してしまうのだ。さすがにそれでは支障があるので、投薬治療もしている。
物語はチャーリーが大学からオハイオ州ヤングスタウンまで帰ることを決意する場面から始まる。長距離を移動することになるので、学生会館にある同乗者募集掲示板で車に乗せていってくれる相手を探し、ジョシュという青年と知り合った。相談がまとまり、二人は午前零時に出発した。だから話の大半はグランダムの車内で展開する。運転席にジョシュ、助手席にチャーリーだ。
チャーリーが大学生活を中断して故郷に戻ろうとしているのは、二ヶ月前に起きた出来事が原因である。ルームメイトのマディが殺されたのだ。オリファント大学周辺には、相手をめった刺しにして殺した後に死体の歯を抜いて持ち去る、キャンパス・キラーという連続殺人鬼が出没していた。その犠牲者になってしまったのである。事件の晩、チャーリーはマディを酒場に置き去りにして帰宅していた。そのことで親友を死なせてしまったという後悔の念からまだ立ち直れていないのである。
車中で大変なことが発覚する。チャーリーはジョシュこそが親友を殺したキャンパス・キラーなのではないかと気づいてしまうのである。このままでは命がないが、高速で走る車内からは逃げ出すことができない。どうすれば脱出できるだろうか、ということが物語では最大の関心事となる。チャーリーには脳内映画という問題もあり、最もまずい時に再生が始まってしまうのだ。
ここまでが書ける内容である。そして、これだけならスリラーとしても凡庸で、特段読まなければならない作品ということにもならない。だって、展開に幅がないから。主要登場人物が二人だけで、一人が殺人者、一人が未来の犠牲者という組み合わせなら、そのままずっと話を続けていくのは難しいだろう。正直前半は間延びしていると思う。さっさとSMSでも打って助けを呼べ、と読みながら何度も考えた。
本作で素晴らしいのは後半なのである。途中で二人はドライブインに立ち寄る。当然、逃げ出そうとして失敗するという展開があるのだが、その後から物語は予想外の方向へうねり始める。そういう展開になるとは思いもしなかった、と読者は思うはずだ。あまりにも唐突に方向転換が行われるので、作者が何をしたいのか最初はよくわからなかったくらいである。しばらくページを繰ってから、ああそういうことか、と納得した次第。絶対にこのまま行くぞ、と思っていた話がまったく違った方向に行っていることに気づく、この感覚をぜひ体験してもらいたい。東名高速を走っていたつもりが中央道にいることを発見したときぐらいの驚きはあるはずだ。どこで乗り間違えちゃったんだろう、と悩むと思う。
最後のほうはぐっちゃぐちゃになってちゃんと収拾がつくのか心配になるくらいだ。でも大丈夫。娯楽小説なので、きちんと納得できるように話を回収してくれる。脳内映画の設定も活かされているし、読者がカタルシスを得られる方向に話は誘導されていく。お手並みは鮮やかなものであった。なんというか、書きながらだんだん作者が成長している感じさえあった。
そんなわけで、読み終えてみれば意外な拾い物だったのである。これなら安心してお薦めできる。長旅のお供などにどうぞ。読みながら熱中して列車の行先を間違えないように。
(杉江松恋)
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