寄り添いすれ違う濃密な短編集〜彩瀬まる『花に埋もれる』
いくつもの人生の断片を次々に擬似体験させられるような、濃密な時間だった。彩瀬まる氏は、男と女の心と体が寄り添いすれ違う過程を描くのが、なぜそんなにうまいのだろうか。自分とは全く違う個性の人の心情に惹き込まれてしまう。
「女による女のためのR-18文学賞」で読者賞を受賞した2010年の作品から、昨年発表された作品まで、異なる時期に書かれた六編の短編が収録されている。人間の体に花が咲く世界での恋愛を描いた「花に眩む」や、誰かを愛しく思うと体から石が排出される「ふるえる」は、幻想的で眩暈がするような美しさのある小説だ。だが、登場人物の感情は限りなくリアルで、そのギャップにゾクっとさせられる。体がすっぽりと収まる黒い皮のソファを購入してから、結婚願望を失っていく女性を描いた「なめらかなくぼみ」と、家庭を失った男が、同じアパートに住むある特殊な職業の女性と、靴の修繕を通して心を通わせる「二十三センチの祝福」では、主人公たちが物体と向き合うことによって、封印していた過去や、自分の心の奥にあるものに気がつく。著者は、身体感覚を細やかに表現することによって、主人公の感情や相手との関係の変化を描いていく。気がつくと、登場人物たちの感じている手触りや痛みを共有しているような気がしてくるのだ。
もっとも印象的なのが「マグノリアの夫」だ。小説家として順調なキャリアを重ねている妻と、コーヒーショップを経営しながら劇団に所属する無名俳優の夫は、学生時代に知り合い結婚した。夫は著名な天才音楽家の隠し子であるという秘密を持っており、一度もあったことのない父親に憧れを持つと同時に、存在を認められていないという悲しみを抱えて生きている。表現者として成功している妻と、父親への複雑な思いに囚われている夫の間にわかり合えない部分はあるものの、夫婦の関係はうまくいっているはずだった。が、夫が舞台で木蓮の花を演じ、その演技が評判になるほど本物の花のようだったことから、状況は意外な方向に動いていく。
誰より大切に思っている相手の中に、受け入れられないものを見つけてしまうことはある。どんなに愛していても、関係を壊したくなってしまうこともある。だが、どんなに後悔しても、一度壊れてしまったものは元通りにはならないのだ。著者は、美しいモチーフを用いて、その悲しみを丹念に描いていく。結末は、衝撃的でありながら普遍的でもある。いくつもの過去の記憶がよみがえって来て、植物の棘が刺さったようにズキズキと胸が痛む。
(高頭佐和子)
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