平屋を愛しすぎて東京・福岡で二拠点生活&専門誌を自費出版。賃貸平屋を渾身DIYしたアラタ・クールハンドさんの暮らし
全ての暮らしがコンパクトに収まり、毎日の生活で上下移動が必要のない「平屋」。今、世代を問わず平屋を選ぶ人たちが増えています。そんな平屋を愛しすぎたゆえ、東京と福岡の二拠点生活で異なる平屋暮らしを楽しんでいる人がいます。平屋暮らしの提唱者として知られている、文筆家・イラストレーターのアラタ・クールハンドさんです。二拠点生活×平屋、一体どのような暮らしをしているのでしょうか。お話をうかがいました。
東京の平屋はDIY可賃貸。自分好みにカスタム中
平屋暮らしの魅力を伝えている文筆家・イラストレーターのアラタ・クールハンドさん。
アラタさんは戦後建てられた木造平屋を「FLAT HOUSE」と命名し、自身の審美眼で捉えた全国各地の平屋たちを紹介する活動をしています。2009年以降に出版した『FLAT HOUSE LIFE1+2』、自費出版による一冊一軒の『FLAT HOUSE style』、九州地方のフラットハウスを紹介した『FLAT HOUSE LIFE in KYUSHU』といった本の数々は、多くの平屋ファンの心をくすぐっています。
アラタさんが執筆した著書の数々(写真撮影/桑田瑞穂)
そんなアラタさん、2013年から東京と福岡の二拠点生活をしています。
アラタさんが東京の拠点を構える場所は、郊外にある閑静な住宅街。駅から徒歩で15分くらいはある距離でしょうか。一戸建てが建ち並ぶエリアの一角に、こぢんまりとした平屋が見えてきます。
「いらっしゃい~」と近くまで迎えにきてくれたアラタさん。
白壁が可愛らしい、アラタさんが借りている東京の文化住宅。文化住宅とは、大正時代中期以降から流行した、庶民向けの洋風の住宅のこと(写真撮影/桑田瑞穂)
真っ白な柱や壁が印象的な平屋。なんとDIY可能な賃貸住宅なのだそう。これまで都内で平屋を転々としてきたアラタさんは、家を探す際に必ずDIY可能な平屋を探していたそうです。もちろん今回の家に引越した際もDIY可能な平屋というのが条件。この家は、知人から紹介してもらい、決めたそうです。
「もちろんDIYは大家の了解があってこそ、というところは気をつけるべきところですね。クオリティの高いDIYをほどこせば自分が退去する際にも次に借り手がつきやすいんです。それは貸し手・借り手双方にとってメリットがありますよね」と、アラタさんは話します。
平屋の中には部屋が3室あり、全体で50~60平米ほどの広さ。1LDKくらいの規模感です。
「僕にとってはどこに何の物があるかがちゃんと分かることや掃除が簡潔にできるというのが結構重要なポイントで。このフラットハウスの気に入っているところは、ひと目で見渡せるコンパクトさですかね。窓辺からは景色もよく見えるし気持ちいいですよ。仮に大金持ちになったとしても、お手伝いさんを雇わないと暮らせない家には住みたくないなあ。自分で自分のことができないサイズの家には興味がないということも、平屋暮らしをしている理由かもしれませんね」(アラタさん)
入居1ヶ月半前に壁と天井を抜き、スケルトン状態にしてから施工を開始。完成後は採光率も上がって窓辺のデスクで手を動かす時間が何よりの至福だそう(写真撮影/桑田瑞穂)
写真右部分の窓は壁を抜いて、自身でカスタム。玄関からリビング、キッチン、作業場、寝室まで見渡せるつくり(写真撮影/桑田瑞穂)
明日は何が起きるか分からない。ひとつの場所に留まる息苦しさ
二拠点で、かつそれぞれ一戸建ての平屋暮らしと聞くと、なんだか費用がかさみそうなイメージです。しかし、アラタさんは「二拠点生活に踏み切れたのは、やはり賃貸住まいだったことが大きいでしょうね。もちろん今住むどちらの家も貸家です」と、秘訣を教えてくれました。
元のキッチン設備は激しい老朽化から全撤去。ユニットも採寸して一から再製作しています(写真撮影/桑田瑞穂)
「古い平屋暮らしは自分で暮らしをカスタマイズすることができるプラットフォームなんです。特に築年数が古い平屋の賃貸は、DIYが可能な物件が多いんです。家賃が低廉なので自費投入しても懐の痛みも少ない。ここも一般の工務店に頼んだら400~500万円はかかるけど、自分で作業をすれば材料費だけ。そういう楽しみがあるところが古い賃貸平屋の魅力ですね」(アラタさん)
窓辺にあるワークスペースでは、執筆作業やイラスト制作をしています。この日は、福岡でのイベントに向けたフライヤーの制作をしていました(写真撮影/桑田瑞穂)
ワークスペースからすぐに庭のデッキへと出ることができます。季節の移ろいをすぐに感じることができるのは、コンパクトな平屋の魅力(写真撮影/桑田瑞穂)
海外ネットオークションで購入したオールド・トイ(写真撮影/桑田瑞穂)
2011年に起きた東日本大震災。人々はみな、こんなにも予測不可能なことが起きるのかと、大きな衝撃を受けました。アラタさんもそのひとり。さらに2020年以降コロナ禍になり、人生はますます1年先のことが分からないと思ったそうです。
「両親とも東京出身なので自分にとって、いわゆる“田舎”がなかったんです。そういう拠点と呼ばれる場所に憧れがあった。そういう時に震災が起きまして。家族全員が東京にいると、何かあった時に避難する場所がないということに震災で気付かされました。それを解決するためにも、フリーになったときから憧れていた地方との多拠点生活に挑んでみようと。インフラの拡充など利便性が向上している今なら、そう難しくはない。そんなとき好条件の平屋が東京と福岡同時に見つかって、踏み切りました。九州は以前から一度住んでみたいと思っていたので、迷う理由はありませんでしたね」(アラタさん)
こうして、アラタさんは新たな拠点として福岡に家を借りることを決断します。
「周囲には完全移住したものの、溶け込めずに引き返してくる例も。東京に拠点を残しておけば焦る気持ちも半減するし、仮にうまくいかなかったとしても引き返すことができると思っていました」(アラタさん)
福岡県の新たな拠点 出会いは人の縁だった
南のエリアにもう一つの拠点を設けたいと思っていたアラタさんは、知り合いを通じて福岡県へ訪れることになります。
「13年の春、福岡の不動産業の友人から米軍ハウスが売りに出ていると聞き、九州旅行ついでに物件を見に行ったんです。現地に着いて偶然目にした別の空き家もまた米軍ハウスで、そっちにひと目惚れしてしまいます。首尾よくオーナーと連絡が取れましたが、面接があると聞いてこれは無理だなと諦めたものの、友人の尽力もあってご縁をいただきました。その夏にめでたく入居し、現在に至ります」(アラタさん)
福岡県のある海辺の町。徒歩数分で美しい景色が望めるといいます(画像提供/アラタ・クールハンドさん)
こうして福岡にも拠点を見つけ、二拠点暮らしが始まったアラタさん。
「海辺のこぢんまりとした町は、暮らしてみると、とても快適。天神までは船に乗る必要があるけれど、その距離は15分くらい。天神に出てしまえばなんでもそろうし、空港も近いからどこへ行くにも不便がないんですよ。チェーン店が少なく、個人の商店が多くて、自然な賑わいがあるんですよね。スピード感のある東京とは違い、穏やかで豊かな文化圏を築いているように見えます。東京との違いを味わえるところが魅力です」(アラタさん)
福岡県にある自宅。築年数は約70年だそう(画像提供/アラタ・クールハンドさん)
東京と福岡。平屋だからこそ実現できたミニマムな暮らし
現在、1年の3分の1を東京で過ごし、残りは福岡で暮らすアラタさん。
南の方に憧れがあって拠点を設けたものの、もちろん福岡には知り合いが多くいたわけではありませんでした。しかし暮らしていく中で、アラタさんの著書の読者や、近隣に住まう人とコミュニケーションをとるようになり、徐々に知り合いが増えていったといいます。
米軍ハウスに入居の際、アラタさん自身が床を張り替えたそう(画像提供/アラタ・クールハンドさん)
「こちらで出会った方と、日々の暮らしを通してゆるやかにつながっていったんですよね。観光局の人と地域活性化につながるマーケットや街歩きなど、一緒に面白いことができないかなと、話もしていますよ」(アラタさん)
お気に入りのアンティーク家具や食器、インテリアに囲まれて(画像提供/アラタ・クールハンドさん)
「東京か福岡か。自分の拠点をどちらか一つに絞らないとかなって時々思うことも。とはいえ両方にコミュニティがあるってすごくいいなと思って。自分にとってのサードプレイスなのでしょうね」とアラタさんは話します。
「今、時代が大きく変わっている。10年前と比べると、生き方も暮らし方もずいぶん多様ですよね。いつ暮らし方が変化するか分からないから、身軽に過ごしたいと思う人も多いと思うのです。そういう人に、僕は平屋暮らしはおすすめしたいですね。身の丈に合わせた暮らしに変えてみると、心地よく過ごすことができるんじゃないかな」(アラタさん)
今回紹介したような、「コンパクトな賃貸の平屋で、リーズナブルに暮らす」ということを思い浮かべると、狭そうなイメージが先行して、実際に暮らすイメージが湧かない人もいるかもしれません。しかし、アラタさんのように拠点を複数持ちたい人、さらにDIY可物件であれば暮らしをカスタマイズしてみたい人には、とてもメリットがありそうです。何より持ち物や暮らしのサイズをミニマムにする人が増えている今、「足るを知り、余白を感じる」ことができる毎日は、平屋で実現できそうだと感じますね。
●取材協力
・アラタ・クールハンド
・再評価通信
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