「めんどくさい人間」がクセになる短編集〜紗倉まな『ごっこ』

 世の中には、めんどくさい人間が多すぎると思う。持て余し気味の自意識、謎の執着、意味不明の行動、理屈に合わない思考回路……。制御を失った人々に出会うと辟易する。巻き込まれなくないと強く思う。なのに、そういう人が登場する小説を読まずにいられないのはなぜなのか?

 紗倉まな氏『ごっこ』は、めんどくさい人々が次々に登場する短編集だ。読んでいると、眉間のしわが深くなっていることを感じてしまうほど厄介レベルは高く、そのねちっこい描写には見落としも躊躇もない。具体的で辛辣で、うんざりするほどリアルだ。嫌だなあと思うのに、もっと読みたくなってしまう中毒性がある。

 最も気に入ったのは、二番目に掲載された「見知らぬ人」である。主人公の那月は、夫・智充の不倫に悩んでいる。鈍臭いが誠実と思っていた夫だが、浮気していることを問い詰めても謝罪する様子はなく、そのことにも那月はショックを受けている。復讐心から、結婚前に知り合った起業家の男・雅士に連絡をとり関係を持ってみたものの、すでに嫌気がさしている。智充の親友の結婚式に二人で出席するのだが、那月の予想通り、会場には智充の浮気相手の女も来ている。女二人は互いの存在に気が付き、視線で値踏みし合うが言葉は交わさない。

 ここの緊張感あふれる場面から、事態は得体の知れない方向に進んでいく。二次会会場で派手に酔った智充が、他の友人に荷物を預けたまま行方不明になってしまうのだ。皆が心配する中、一人で夫を探しに行った那月に、浮気相手の女が声をかけてくる。一緒に智充を探すと言うのだが……。

 那月の容赦ない観察眼を通して語られる人物描写が強烈だ。まずは、自己愛が強く、陳腐な言葉を発しては悦に入る雅士が気持ち悪い。そして、階段に座り込んで下着が見えていても気にしない無頓着さを持ちつつ、身勝手だが妙な説得力もある理屈を流暢に語る夫の浮気相手が怖い。馴れ馴れしく距離を縮めてくる感じは、不気味を通り越してホラー映画じみている。どう考えても、適当なところで切り上げて、さっさと遠ざかるのが得策だ。なのに主人公は、細かく相手を観察し嫌悪感を募らせながらも、雅士とはずるずると関係を続け、浮気相手の女とは、なぜか一緒にドラッグストアで爆買いしたりカレー屋に入ったり……。那月、あんたが一番どうかしてるよ。

 めんどくさい人間同士のぶつかり合いが生み出すあり得ない状況に呆れ苛立ちながら、どんどん悲しみが湧いてくる。本音を見せない智充は、いったい何がしたいのか。なぜあんなにクセの強い女とつき合っているのか。求め合っていたはずなのに、誰より大切に思っているのに、どうして気持ちが離れてしまうのか。全然好きじゃない相手と、なぜ一緒にいてしまうのか。

 私の内側にも「めんどくさい人間」は隠れている。時々顔を出してくるから気をつけようと思ったりもするけど、周囲からはめちゃめちゃわかりやすくばれてしまっている可能性も否定できない。そういう厄介さと、付き合って生きていくしかないのだ。それを思い知るために、小説を読むのかもしれないなあと思う。

(高頭佐和子)

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