魔術が実在する日本で、権刑部卿と陰陽師が謎に挑む

魔術が実在する日本で、権刑部卿と陰陽師が謎に挑む

 小森収は、短篇ミステリの系譜を詳細にたどったアンソロジー『短編ミステリの二百年』(全六巻)で日本推理作家協会賞および本格ミステリ大賞に輝いた、博覧強記の研究家である。実作者としても活躍しており、本書は魔術が実在する「もうひとつの歴史」で繰りひろげられるSFミステリだ。作者自身が明言しているように、霊感源となったのはランドル・ギャレット《ダーシー卿》シリーズである。

 ギャレット作品はパラレルワールドのヨーロッパの物語だったが、小森作品の舞台は日本だ。作中ではもっぱら「日の本(ひのもと)」と呼ばれる。どうやら家康による天下統一はなく、羽柴、織田、徳川など有力な将軍家が平和的に共存して数百年を経た時期らしい。「二年ほど前に京から小田原まで鉄道が開通した」という一節がある。こうした時代背景についてわざとらしい説明はなく(作中ではあたりまえの現実なので)、物語が進むにつれてだんだんと歴史の輪郭がわかってくる仕掛けだ。そのあたりがひじょうに上手い。

 事件は蒲生にある菊の御料所で起こった。四阿(あずまや)いっぱいに雪が満たされており、そのなかで正体不明の死体が見つかったのだ。この異常な状況は、おそらく魔術によってつくりだされたのだろう。しかし、いかなる魔術を、なんのために用いたのか? 捜査に派遣されたのは、織田家家臣の権刑部卿・明智小壱郎光秀(あけちこいちろうみつひで)と、公家出身の上級陰陽師・安倍天晴(あべのてんせい)。彼らがいわばホームズとワトスン。ミステリ黄金の構図である。

 このふたりが現地に到着してからも不可解な事件が相次ぐ。新しい殺人が発生し、魔術が用いられた痕跡が見つかる。もとから御料所で働いていた者たち、そして事件絡みでやってきた関係者は、それぞれ政治的な係累があったり隠している事情があるらしく、真相の究明は一筋縄ではいかない。

 魔術をプログラムのように捉える、いわばSF的ロジックが謎解きにおいて重視される点が面白いが、登場人物が互いの手の内を暴こうとする心理戦も大きな読みどころ。そのうえ、ミステリ・ファンがニヤリとするネタがいくつも仕込まれている。静かな深更に香り高い珈琲を淹れて――お茶でもワインでも結構だが、小壱郎と天晴のコンビはひんぱんに珈琲を喫するので、ここはそれに倣って――ゆったり楽しみたい一冊。

 短篇「天正十年六月一日の陰陽師たち」を併録する。

(牧眞司)

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