高い能力を持つ子どもたちの苦難〜藤野恵美『ギフテッド』

 中学入試をテーマにした小説だ。だが、主人公は受験をする本人でも親でもない。合格までの奮闘記でもない。ある女性が、姪の受験をきっかけに、自分の過去と向き合う物語である。

 凛子は、フリーランスで実務翻訳の仕事をしている。地方の高校から国立の名門T大学に進学し、流れに乗るように一流企業に就職したが、職場の人間関係に心がすり減り退職した。経済的には不安定なものの自分のペースで働けているが、今も自信喪失の傷を抱えている。妹には三人の子がおり、みな凛子に懐いている。特に気が合う長女の莉緒は、エリート医師である父親の強い希望で、名門女子中学校を受験をする予定だ。高い思考力や知的好奇心を持っているにもかかわらず、成績は伸び悩んでいる。正義感の強さゆえに周囲とうまくやっていくことも苦手で、親や教師にも反抗的なため問題児扱いされている。姪の勉強を手伝うことになった凛子は、大学時代の友人で「受験エリート」であったという精神科医の綾乃さんにアドバイスを求める。綾乃さんは、莉緒が「ギフテッド」ではないかという指摘をする。

 「ギフテッド」と聞いて、私は台湾のデジタル担当大臣オードリー・タンのような稀有な天才を思い浮かべてしまったが、綾乃さんによると五十人に一人の割合で存在するのだそうだ。知能指数が高いからといって、必ずしも大人が求める成績優秀な「賢い子」ではなく、偏見を持たれたり誤解されて孤独にもなりやすいという。凛子は、小学校時代の同級生で行方のわからないある少年のことを思い出す。豊富な知識と理解力を持ち、天文学者になりたいと言っていたが、家族の問題を抱え、助けを必要としていた。T大を目指したのは、頭のいい人が集まる大学に進学すれば彼にもう一度会えるかもしれないと思ったからだった。

 大人たちの想像よりもはるかに深く物事を理解している莉緒は、周囲の人への思いやりから、親の思惑に当てはまらない行動に出て、凛子を驚かせる。そんな姪に寄り添い必要とされることによって、凛子は優秀な女子という枠に自分を当て嵌めようして苦しんだ自身の過去を見つめ直していく。

 高い能力を持つことは、生きることを楽にしてくれるわけではない。洞察力があるゆえに助けを求められなかったり、周囲の無理解に押し潰されてしまうこともある。与えられた能力を活用する場所がないことは苦しみであり、能力があるからといって希望しない形で活用させられることも辛いのだ。読みながら心がざわつくのは、数人の幼馴染の顔を思い浮かべずにいられないからだ。彼女たちの能力や知識は、ごく普通の子どもであった私から見ても突出していたが、先生に褒められるタイプの優等生ではなかった。周囲と上手くやることが得意とは言えず、息がしやすい場所を求めてもがいているようにも見えた。あの頃、彼女たちに寄り添ってくれる大人は近くにいたのだろうか。

 凛子は、ある人物との出会いをきっかけに、新しい一歩を踏み出す決断をする。その純粋な思いに励まされ、大きな夢を抱いて成長する莉緒の伸びやかさに希望を感じながら、しばらく会えていない友人たちと話がしたいと思った。

(高頭佐和子)

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