周藤蓮『バイオスフィア不動産』をミステリーファンに推す!

周藤蓮『バイオスフィア不動産』をミステリーファンに推す!

 わわっ、これってミステリーじゃないか。

 周藤蓮『バイオスフィア不動産』(ハヤカワ文庫SF)を読んでいたら、第一話「責問神殿」を読み終わったあたりで気が付いて、思わず前のめりになった。

 実は、初めて手に取った作家である。不勉強で申し訳ない。2016年に『賭博師は祈らない』で第23回電撃小説大賞金賞を獲得してデビュー、その他に『吸血鬼に天国はない』『明日の罪人と無人島の教室』などの著書がある、とカバー折り返しの著者紹介にある。見た感じ、ミステリーかもしれない匂いのする題名だが、とにかくこれまで視界に入っていなかった。しかし『バイオスフィア不動産』はミステリー構造を持つ小説だ。しかも、かなり勘のいいミステリー書きだ。これは紹介しないわけにはいくまい。

 舞台はかなり未来である。たぶん、22世紀ぐらいを想定しているのだろうか。その前世紀末にバイオスフィアIII型という新しい建築様式が生み出された。その特徴は内部で資源的、エネルギー的に完結していることで、家に入ったものは望むのならば半恒久的に内部で生きていけるのである。この普及によりバイオスフィアIII型から出ない人間が圧倒的多数となり人類はその生活形態を変えた。バイオスフィアIII型の中にほとんどの人間が入っているのだから、従来の国家も社会も意味を為さなくなったのである。バイオスフィアだけが世界には存在し、その外側にはほとんど何もなくなった。

 本篇の主人公であるユキオとアレイは後香不動産でサービスコーディネーターとして働く社員である。正確に言うと、ユキオは違う。備品だ。彼は機械生命体なのだ。「黒いセーラー服。カーボンファイバーの黒い手足。頭部はフルフェイスのヘルメットじみたつるりとした球体。傍から見た時の全体の印象は、滑らかで無機質なマネキン」と外見は紹介される。バイオスフィアのどこかで問題が起き、住人からクレームが入るとユキオが現地に派遣される。ユキオをモニターとして使用しながら実際に指示をくだすのはパートナーであるアレイの役目だ。ただしこのモニター、アレイにどんどん突っ込みを入れる。バイオスフィアの外にいるアレイと、内側にいるユキオの会話で物語は進められていくのである。

 というわけで、バディものの仕事小説と見ることもできる。バイオスフィアというのは家だから、扉を開けて秘められた各人の生活を見てまわるという話でもあるわけだ。そして、問題のあるバイオスフィアの内側にはだいたい謎が転がっている。それを解かないと、ユキオたちの任務は完遂できないのである。つまりミステリーだ。

 たとえば第一話の「責問神殿」でユキオたちが派遣されるのは奇妙な教義を守りながら修道士のように暮らしている者たちのバイオスフィアである。住人たちは、自らの身体を傷つけて痛みに耐えることを宗教生活の核としている。そこでありえないものが見つかってしまうのである。バイオスフィアIII型建築には万能生成器と呼ばれる設備が備わっている。それによって住人の望むものをほぼすべて作り出すことができるのだ。責問神殿の万能生成器が作ったのはあってはならないもの、すなわち鎮痛剤だった。万能生成器の不調なのか、違うのか。もし、痛みに耐えることを旨としている住人の誰かが望んで作り出したのだとしたら、その者は教義に背いていることになる。ユキオたちが直面するのはそういう謎だ。

 ユキオとアレイのコンビがどういうキャラクターなのかということは、話数が重なるにつれて判明してくる。第二話「名前のないコロニー」で二人は、外界主義者の集落へ派遣される。外界主義者とはバイオスフィアに入ることを拒絶して従来通りの暮らしを続けている人々のことでアウトサイダーとも呼ばれている。その集落から、自分たちの生活を脅かすような形でバイオスフィアが建築されているという苦情が寄せられたのだ。それに対応していく中で、アレイの両親がもともとアウトサイダーであったことが明かされる。外界で暮らしていたが変節してバイオスフィアに入ったのだ。極度の閉所恐怖症であるアレイだけが外に取り残された。この物語も皮肉な反転と共に終わる。

 次の第三話「翼ある子らの揺り籠」は、ある住人たちのグロテスクな姿を描き出す。私は諸星大二郎のある作品を連想した。この話では真相は早々に明かされるのだが、それに対してユキオとアレイがどのように対処すればいいのか、ということが問題となる。謎解きの種類が変わるわけで、話に振れ幅が生まれるのがいい。そんな具合にバリエーションをつけながら全五話が綴られていくのだ。まとまりがよく、さっと読める割には驚きが多くて実にいい短篇集だと思う。

 多くのミステリーファンはSFだと思ってこの本を手に取らないだろう。仕事小説のファンも。もったいないのでこの機会にぜひお読みいただきたい。かく言う私も周藤蓮という作家をこれまで知らなかった。今後は注目していきたいと思う。これを書いているのは世間一般ではおそらく御用納めとなる日なのだが、あまりに嬉しかったので書評をしてみた。年内に更新されたらお慰み。間に合わなかったら2023年の一発目ということで。

(杉江松恋)

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