子どもの嘘と切なさ〜青本雪平『バールの正しい使い方』
「バール」と聞いて、清水義範氏の『バールのようなもの』(文春文庫、現在品切れ)を思い出す方は多いのではないだろうか。画期的で見事な名作だった。バールを題材にした小説というジャンルにおいてはあの作品が唯一無二の存在だったわけだが、ついに別種の輝きを放つ作品が登場した。期待の新人作家による、小学校を舞台にした連作ミステリである。
主人公の要目礼恩は、お父さんの仕事の都合で転校を繰り返している。礼恩が行く学校には、いつも嘘をつく子どもがいる。狼少女と呼ばれている大上さんは、そこにいなかったはずの人物を見たという嘘をつき、その後すぐに撤回する。タイムマシンを作りたがっている花名ちゃんは、盗まれた女子生徒の水着の行方を知りながらも黙っている。男子と女子の仲が異常に険悪なクラスでは、放課後に誰かが五人の生徒を嘘の理由で呼び集める。みんなのサンドバッグみたいな浦上くんは、担任の先生にキツく当たられている本当の理由を言わない。
礼恩は転校を繰り返すことによって、新しい学校の雰囲気や人間関係を的確に読み取り、絶妙な距離感でクラスに馴染むことができるようになった。その「新たな世界に擬態する」能力と冴えた頭脳によって、クラスメイトの嘘の裏側に隠されたものに気がつく。そして、どの学校に転校しても「バールのようなもの」を使った犯罪が近くで行われ、バールを持った人物に関する様々な噂が流行っている。礼恩は、その理由としてあることを思いついてしまい……。
大人になると、子どもは自由で希望に満ちていると考えたくなりがちだけれど、子どもであるがゆえの不自由さや不安があるものだ。著者はその切なさを、嘘とバールという装置によって描き出していく。後半に入ると物語には別の側面があることに読者は気がつかされる。ついに礼恩がバールを使うということ、二度読みしたくなること間違いなしであることだけお伝えしておく。
ところで、私はバールというものをたぶん一度も使ったことがない。釘を抜いたり、ドアをこじ開ける必要に、迫られたことがないからだ。そういう方は、案外多いのではないだろうか。いざという時、私はバールを正しく使えるだろうか。読み終わって、そんなことを考えている。
(高頭佐和子)
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