ロボットの停止=家族の死を描いたドラマ『アフター・ヤン』コゴナダ監督インタビュー「坂本龍一への想い」「『リリイ・シュシュのすべて』について」

コゴナダ監督作『アフター・ヤン』が 10月21日(金)よりTOHO シネマズ シャンテ他にて全国公開となります。本作の監督/脚本は前作『コロンバス』が世界中で話題となった映像作家コゴナダ。小津安二郎監督の信奉者としても知られるコゴナダ監督は、気鋭のスタジオ「A24」とタッグを組み、派手な視覚効果やスペクタクルに一切頼らない、唯一無二の未来的な世界観を構築しています。

オリジナル・テーマ曲に監督が敬愛する坂本龍一さん、フィーチャリング・ソングとして岩井俊二監督作品『リリイ・シュシュのすべて』で多くの映画ファンの胸に刻まれた名曲「グライド」を、Mitski 歌唱による新バージョンでスクリーンに蘇らせるなど、細部までこだわりがすごい本作。コゴナダ監督にお話を伺いました!

【STORY】“テクノ”と呼ばれる人型ロボットが、一般家庭にまで普及した未来世界。茶葉の販売店を営むジェイク、妻のカイラ、中国系の幼い養女ミカは、慎ましくも幸せな日々を送っていた。しかしロボットのヤンが突然の故障で動かなくなり、ヤンを本当の兄のように慕っていたミカはふさぎ込んでしまう。修理の手段を模索するジェイクは、ヤンの体内に一日ごとに数秒間の動画を撮影できる特殊なパーツが組み込まれていることを発見。そのメモリバンクに保存された映像には、ジェイクの家族に向けられたヤンの温かな眼差し、そしてヤンがめぐり合った素性不明の若い女性の姿が記録されていた……。

——ロボットと人間のふれあいを描いた作品は、これまでもいくつも描かれてきました。監督が本作の原作を読んで感銘を受けた部分、映画化したいと惹かれた部分はどんな所でしょうか。

まず、今回の短編は一つの家庭内で起こる出来事であること、また、SF作品が好きだったこともあり惹かれました。この原作ではいわゆる家族のなかで起こる死というものが、人間ではないものになってはいますが、描かれています。それによって、記憶、喪失、家族、そしてアイデンティティがテーマに含まれた作品として、また、そのテーマを長編映画として描くことでより掘り下げられるんじゃないかと思い、作品をつくりました。

——とても優しく美しい物語が表現されている映像も素晴らしかったです。技術的にこだわった部分を教えてください。

カメラ、アレクサ(alexa)などで撮影をしました。『コロンバス』を撮ったときは基本的には固定カメラを使用し、動かすときもレールを敷いてドリーで撮ったぐらいしかしなかったけれども、『アフター・ヤン』ではフィックスで固定して撮影しているシーンも多いんですが、ヤンの記憶はレンズを変えたり、画面比(アスペクト比)も変えていて、アカデミーサイズの1.37:1にしています。

また、人間の記憶も撮り方を変えていて、カメラワークが動き続けること、つまり固定せずに撮影しました。それからこちらもレンズも変えて、また違った肌触りが感じられるようにしました。人間の記憶のほうはセリフが何度かいろんな音で聞こえたりする演出をしていますが、そういう撮り方をしたいという思いは脚本を書いている段階からあったため、あらかじめ脚本に書いていました。

——監督と坂本龍一さんとの出会いについて。坂本龍一さんの作品と最初に触れ合ったきっかけや、今回テーマをお願いするにいたった経緯などを教えてください。

元々坂本さんの音楽は自分に響くものがあって、ずっと前から好きでした。また、彼のすごく実験的なこともたくさんする部分も好きです。自分のビデオエッセイやビデオアートで楽曲を使わせてもらったりしているし、彼が作る空気感とリズムには本当にインスパイアされています。
一番好きなサウンドトラックは『トニー滝谷』です。このサウンドトラックがあまりにも好きなので、いつも自分の作品の仮の音楽としてつけています。それぐらい大ファンなんです!

なので、一緒に仕事することは夢だったんですが、そのことを今回口にしたのは、記憶は定かではないし誰がそれを言ってくれたかも覚えてはいないんだけれども、「手紙を書いたら?」と言われたことがきっかけです。実際に彼に宛てて手紙を書いたら、「プロジェクトの実働中のため、作品音楽をすべて手掛ける時間はないんですが、良ければラフカットを見せてください」と返事があって、ラフカットを見てもらったら、「テーマ曲だったら時間をつくって書きたい」と言ってくださったのが今回のコラボレーションの経緯です。

——本作には『リリイ・シュシュのすべて』の楽曲が使用されていますが、どの様な想いによるものか。

『リリイ・シュシュのすべて』については観てからずっと自分のなかになにかが残り続けた作品でした。また、「グライド」は、この世界のなかで自分が存在しているんだということ知らしめるような、また、「ここにいるよ」「ここに居たいんだ」という叫びのような思いがこめられている楽曲なので選びました。
映画では存在する、実像主義的な考え方の、存在するということを扱った作品も多く作られています。この世界のなかで自分の居場所を探しているようなテーマを持った作品には、なにかそれぞれ共通した似たようなものを感じることがあります。自分自身も現代の社会のなかで人間であることや舵を取りながら生きていくということに悩み、葛藤しながら進んでいるので、『リリイ・シュシュのすべて』をはじめ、作品はそんな自分にとってちょっと一休みできるスぺースをつくってくれる、そんな場所だと感じています。
その場所ではちょっとした思索を巡らせることができて、その時間を通してなにかの調和やバランスみたいなものを自分で見出すことのできる。自分にとってそういうもののひとつなんです。

——監督は前作で小津安二郎監督へのオマージュを完成させました。改めて、小津安二郎監督の魅力とはどんな所にあるのか。特に若い世代、まだ小津作品を観たことが無い方におすすめポイントを教えていただきたいです。

日本人の方はどう思っているか分からないんですが、作品にモダン性があるところがすごく好きなところです。彼のような人は他にはいないですね。例えばベスト作品10本とか、ベスト監督10人とかを選んだりすると、ヒッチコックとか小津とか出てくるんだけど、ヒッチコックってスタイルを模倣するスタイルが多い監督なんですよね。でも小津さんはそういうスタイルはそこまでなくて、そういうところも面白いなと思っています。それは、小津さんは小津さんだけの“小津街道”というか“小津道”みたいなのがある、他の誰とも違うからなんじゃないかなと思います。彼自身が彼の映画作りのなかで選択しているものは、深遠なものがあって、それが技術面のこととか、題材がどういうものかとか、そういうこととはまたちょっと違う側面もあるんです。なにか感情面で響くものが小津監督にはあるんですよね。“深遠”というのは、少なくとも自分は感情的にすごく影響されるものが小津監督作品にあるので。彼の作品を観るとすごくリアルな感情が湧き出てきます。現代の世界で生きることに葛藤している人にとっては、彼の映画を観ると「こうあればいいんだ」ということを感じ取ることができ、なにかわかるんじゃないかな…と思います。

小津監督のもつパラドックス、逆説的な部分には、彼の作品に出てくる余白というのは、空虚ではなくとても満たされるものだ、ということ。満たされない現代に対して、なにかまた違った感じのリズムを小津作品は与えてくれるんだよね。欧米諸国では余白や空白というものは<何もない>ということを意味していて、それは怖いものとして、意味すら見いだせないものとされているんだけれども、小津作品の余白というものには逆になにか満たされるものがあって、意味があるのが、面白いよね。

——ビデオエッセイでも是枝監督やタランティーノ監督を題材にしています。ご自身の好きな監督、作品にオマージュを捧げつつ、ゴゴナダ監督らしい作品に仕上げるというバランスをどう工夫されていますか。

ある意味、どのフィルムメーカーも同じなんじゃないでしょうか?みんながいろんな映画を観て、そこからインスピレーションを受けて、自分たちの映画を作っているわけですし。映画監督というのはみんな、影響を受けながら作品を作っているなか、自分の場合は映画というものと、“対話”をし続けたいし、なにか挑戦を受けたいし、そして、感動したいと思っています。それが絵であっても音楽であっても、どんなメディアであったとしても、アーティストというものにとっては自分の一部になっているので、結果、それまでやっていることと今やっていること、つまりは今までと今の“対話”である作品作りに影響が当然出てくるものだと思います。

惹かれるフィルムメーカーは世界や人生というものを理解しようとするために、そのメディアを使っている人たちです。また、自分が実際に映画を作っているときは影響を受けた監督や作品のことは考えていません。そもそも作品を作っているときは時間がまったくないので、そういったことを考えている暇もなく、その瞬間瞬間で次々と選択をしていかなければいけない。もちろんそういった場面でする選択についても、自然にそれまでに影響を受けたことと繋がっているかもしれないです。ほかの作品で感じたことをずっと頭のなかで考えていたことが、現場で判断する場面と繋がっているのかもしれない。ただ、具体的に「小津がこの時こうしたから、こうしよう」みたいなことは、全く忘れているし、考えてはいません。
やはり大事なのは作っている作品が必要としているものはなにかということを知り、それに合わせて選択をしていくことだと思います。

『アフター・ヤン』

監督・脚本・編集:コゴナダ
原作:アレクサンダー・ワインスタイン「Saying Goodbye to Yang」(短編小説集「Children of the New World」所収)
撮影監督:ベンジャミン・ローブ 美術デザイン:アレクサンドラ・シャラー 衣装デザイン:アージュン・バーシン
音楽:Aska Matsumiya オリジナル・テーマ:坂本龍一 フィーチャリング・ソング:「グライド」Performed by Mitski, Written by 小林武史
出演:コリン・ファレル、ジョディ・ターナー=スミス、ジャスティン・H・ミン、マレア・エマ・チャンドラウィジャヤ、ヘイリー・ルー・リ
チャードソン
2021年|アメリカ|英語|カラー|ビスタサイズ|5.1ch|96分|原題:After Yang|字幕翻訳:稲田嵯裕里|映倫:G一般
配給:キノフィルムズ 提供:木下グループ © 2021 Future Autumn LLC. All rights reserved.

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藤本エリ

映画・アニメ・美容が好きなライターです。

ウェブサイト: https://twitter.com/ZOKU_F

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