環境破壊された未来、荒野のなかの母と娘
荒廃した近未来。彷徨う主人公たちは、少しずつ通常の現実性を逸していく。ウィリアム・ゴールディング『蠅の王』やJ・G・バラード『旱魃世界』を思わせる閉ざされた雰囲気もあるが、主軸はあくまで母と娘のつながりであり、プロットのうえではサバイバルあるいは成長の物語として読める。ちなみに、作者は「生死のかかる状況に置かれた女たちのたくましく成長する姿が見たかった」と語っているそうだ(「訳者あとがき」)。
環境破壊が進み、ひとびとの健康に深刻な影響が出はじめていた。ビーアトリスの幼い娘アグネスも徐々に衰弱しており、このままでは死を待つしかない。ビーアトリスと夫のグレンは藁をもつかむ思いで、ある計画に参加した。自然が残っている土地ウィルダネス州をたえず移動しながら、人間と自然の相互作用を調べるサンプルとなるのだ。志願者は夫婦とアグネスを含め二十人。
当初は定期的に基地に立ちよって身体状態を確認していたのだが、やがて実験は滞るようになり、志願者たちは共同で原始の生活をするだけの仲間になっていく。しかも、互いの気持ちがなかなかつながらない。
希望が持てぬ日々にビーアトリスは思う。「わたしには娘がいる。くよくよしている暇はない」と。いっぽう、アグネスは健康を取り戻し、ウィルダネスの自然に馴染んでいく。そのうちに、母娘の隙間がしだいにひろがってしまう。
大きな転換点となったのが、ビーアトリスの集団からの離脱である。自分の母(アグネスにとっては祖母にあたる)が亡くなったという知らせが届き、彼女は衝動的に都市へ帰ってしまったのだ。
一年後、ビーアトリスはウィルダネスへ戻ってくる。成長したアグネスが、集団のなかでリーダーシップを発揮するようになっていた。はたして彼らは、新しい秩序(それは自ずと都市とは異なるものになる)を築けるだろうか。
(牧眞司)
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