若旦那と人魚、尋常ならざる愛を描く異類婚姻譚
日本ファンタジーノベル大賞2021大賞受賞作。その題名が示すとおり、異類婚姻譚である。
主人公の孫一郎は繁盛している商家の長男。商売は異母弟の清吉(せいきち)にすっかり任せ、二十八歳にして若隠居となり、父が遺してくれた屋敷で気楽に暮らしている。父が遺したものがもうひとつ。屋敷の池に棲まう人魚だ。名をおたつという。一見したところ童女だが、おたつ自身は「歳なんて関係ありやしないわ」と言い、孫一郎と夫婦になると主張する。
たしなめる孫一郎だが、のれんに腕押しだ。あれこれと口の減らない生意気なおたつである。彼女のキャラクターが、この作品の読みどころのひとつだ。おたつは孫一郎に、人間と人間ならざるものとが添うお話をせがむ。
そこで取りあげられるのは、猿婿、八百比丘尼、つらら女、蛇女房、馬婿……すべて有名な民間伝承である。読者もどこかで聞いたことがあるはずだ。馬婿は『遠野物語』にも採取されたオシラサマである。
『鯉姫婚姻譚』のなかで語られる各説話は、登場人物たちの感情の精度が細かく、描かれる葛藤や懊悩の襞が深い。ただし、語り口は淡々としており、説話を語る孫一郎も聞くおたつも一歩引いた目をしている。
これら説話と響きあうように、孫一郎とおたつの物語も進んでいく。現在進行形のできごとが綴られるなかで、それぞれがこれまでたどってきた時間も徐々に明かされていく。
そして、クライマックスでは、地上の尺度ではとうてい計れない「究極の愛の成就」が描かれる。ただカタルシス的に終わるのではない。絶佳の果実を頬張ったときにひとすじ血の味を覚えるような戦慄が走る。それと対照的に、ひじょうに現世的な弟、清吉の平穏ですこし寂しい様子が後を引く。冒頭で述べたように本書は異類婚姻譚だが、幼いころからつづく孫一郎・おたつ・清吉の奇妙な三角関係を描く物語でもあるのだ。その構図が得も言われぬ綾をもたらしている。
(牧眞司)
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