母親であることはなぜ苦しいのか? イスラエルの社会学者が23人の女性にインタビュー

母親であることはなぜ苦しいのか? イスラエルの社会学者が23人の女性にインタビュー

 「母性」という言葉を辞書で調べてみると、「女性に備わっている、子供を生み育てる資質」とあります。”女性は自身の中に母を内包している”という考えは古くから存在していますが、果たしてすべての女性に母性が備わっているものなのでしょうか。

 そんなこれまで当たり前だとされてきたことに疑問を投げかけたのが、イスラエルの社会学者で社会活動家でもあるオルナ・ドーナトさん。「もし時間を巻き戻せたら、あなたは再び母になることを選びますか?」と彼女が女性たちに問いかけたところ、少なくない女性が「ノー」と答えたといいます。その「ノー」と回答した中の23人に綿密なインタビューをし、女性たちの隠された思いに迫ったオルナ・ドーナトさんの著書が『母親になって後悔してる』です。

 では、23人の女性たちはインタビューでどのような告白をしているのでしょうか。彼女たちはすべてユダヤ人で、年齢は26歳から73歳。うち5人は祖母でもあります。以下、同書からの抜粋です。

「それはもう……今振り返ってみて、子どもがほしいと思っていたのかさえわかりません。まるで、社会から指示されているような感じです」(ジャスミン)

「私は子どもたちを大切に思っている母です。(略)なのに、私はやっぱり母であることが嫌いです。母であることが嫌い。この役割が嫌です」(ソフィア)

「私は自分の人生を生きたいし、たくさんの計画があります。(……)それが後悔している理由です。自分にとって意味のある他のことができたのに、と思うのです」(オデリヤ)

「私は母になるのに不向きだと思います。申し訳ないですが……。友人と話すたびにこう言うんです。もしも私に、今の判断力と経験があれば、子どものかけらさえ作らなかった、と」(ティルザ)

 ”良き母”であることを求められる社会において、こうした本音はタブーと見なされがちです。ともすると、「自分で選んだ道ではないか」「冷酷で無情な人だな」という反応が返ってくることもありえます。しかし、母になることに適応できないのを個人の失敗として片付けるところにこそ問題があるとは考えられないでしょうか。ドーナトさんは以下のように記します。

「後悔は一種の警鐘である。母親がもっと楽に母でいられる必要があると社会に警告を発するだけでなく、生殖をめぐる駆け引きと、母になるという義務そのものを再考するように促しているのである」(同書より)

 間違えてはいけないのが、後悔しているのはあくまでも「母になったこと」であり、それは子どもに対しては向けられていないこと。母親であることに苦しんでいながらも、自分の子どもは愛する存在であり、なにものにも代えがたいと思っていることもまた真実です。

 同書は2016年にドイツで刊行されるとヨーロッパを中心に注目を集め、その後もブラジル、中国、フランス、イタリア、韓国、台湾、アメリカなどで出版されました。これは、国籍や宗教にかかわらず、母親の心に刺さるテーマだからではないでしょうか。

「すべての女性の手の届くところに選択肢があり、それによって私たちが自身の体、生活、決定の所有者であることを保証されるべきだと信じている」(同書より)

 タイトルこそショッキングですが、同書はこれまで見過ごされてきた人々の気持ちに丁寧に寄り添った一冊だと言えます。

[文・鷺ノ宮やよい]

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