2084年の世界と人間を描く23編

2084年の世界と人間を描く23編

 昨年刊行された『ポストコロナのSF』につづく、日本SF作家クラブ編のオリジナル・アンソロジー。日本SF作家クラブの会員だけに限定せず、日本SF界の中堅から新人まで二十三人の作家が参加している。

 タイトルはジョージ・オーウェルの古典『1984年』にちなむものの、ディストピアをテーマとした競作というわけではなく、もちろん未来予測を眼目にしたものでもない。2084年が舞台というだけで内容的にはかなり自由だ。ただ、アンソロジストが采配しているのではなく、クラブ編という成り立ちのためか、作品の枚数が揃っている。ショートショートあり中篇ありではなく、尺が同じような短篇なのだ。

 長さの制限のなか、アイデアのインパクトで勝負する作品あり、ストーリーテリングで押す作品あり、イメージの描出に重点を置く作品あり……そこはそれぞれの作者の持ち味である。

 以下、とくに印象に残った作品を紹介する。

 独創的なアイデアから意外な物語を展開するのが、逢坂冬馬「目覚めよ、眠れ」。目覚めたまま睡眠ができる「無眠社会」が実現し、人類は飛躍的な生産性を手に入れた。しかし、主人公は不適合のため、ただひとり昔のように眠らなければ生きていけない。取り残された境涯の彼は、夢のなかでひとりの人物と出会う……。

 あえて極端な設定を打ち出して論争喚起的に迫るのが、久永実木彦「男性撤廃」。AIによって男性の攻撃的傾向が統計的に証明された結果、すべての男性が凍結されて数十年。すでに《男性を知らない世代》が各方面で活躍し、世界は平穏に運営されている。はたしてこの社会は、ディストピアなのかユートピアなのか?

 門田充宏「情動の棺」も、デリケートなテーマに大胆に踏みこむ作品だ。情動を制御する脳内チップが普及した社会。制御の設定はあくまでユーザ自身が判断して決定する。このチップによって劇的な改善をみせたのは、少子高齢化である。出産・育児に対する肯定感が強化され、社会通念的にも制度的にも手厚い子育てがなされるようになったのだ。しかし、自分が選択したとはいえ、制御された情動はほんとうに自分のものなのか? グレッグ・イーガン的な問いが、新しい家族のかたちを背景として浮上する。

 情景が際立っているのは、揚羽はな「The Plastic World」。プラスチック分解菌によって変容した世界のありさまが、押さえた筆致で描かれる。とりわけ、廃棄された太陽光発電所を蔦の群生が取り囲む景観から、物語が急展開するくだりは一読忘れがたい。

 イメージの鮮烈さでは、坂永雄一「移動遊園地の幽霊たち」も負けていない。都市と都市のはざま、廃棄された区画を回遊するサーカスのトレーラートラック。そんな怪しげな伝説を追って、主人公の少年は非実在(イマジナリー)の弟とともに、街のゲートを抜けだす。レイ・ブラッドベリのモチーフを、現代SFの設定で変奏した一篇。

(牧眞司)

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