ブリット・ベネット『ひとりの双子』に勇気づけられる!

ブリット・ベネット『ひとりの双子』に勇気づけられる!

 本書は、アメリカが抱えるさまざまなひずみを明らかにした作品であるが、一方でどの国のどんな人間にも該当し得る問題を扱っているともいえるだろう。気の重くなる現実が描かれているのに、それでも勇気づけられる物語だった。

 地図にも載っていない町・マラードは、白人といっても通るような黒人だけが住む場所。そこに、落ち着きのない姉のデジレーと聡明な妹のステラという、ヴィーン家の双子の娘たちが誕生する。彼女たちは「クリーム色の肌と、はしばみ色の目と、緩やかに波打つ髪」を持っていた。父・レオンは、白人の男たちに二度のリンチを受けて亡くなる。最初のリンチは自宅で行われ、デジレーとステラはその様子をクローゼットのドアのすきまから目撃してしまった。

 ふたりが町から姿を消したのは、1954年の夏のこと。母・アデルは、彼女たちが高校1年の最終日に「勉強は充分にしたんだし」「働きに出てもらわなくちゃならない」と告げた。ステラにはマラードの高校の教師になるという目標があったが、アデルはもう娘たちに掃除婦の仕事を見つけてきていた。ここではないどこかへ行ってしまいたいデジレーと、姉の希望を決して取り合わずにいたステラ。しかし、「一生、デュポンの家の掃除をしたいの?」と問いかけたデジレーの誘いを、とうとうステラは受け入れたのだった。

 ニューオーリンズにたどり着いたふたりは、未成年でも違法に雇ってもらえたクリーニング店の洗濯室で働くことに。デジレーは内心、母と故郷を後にしてきたことで常に心が揺れていた。そんなデジレーをステラはなぐさめ、お金を稼いで母に送金できるようになれば結果的には家を出てよかったことになるのだと説得を続ける。家出に乗り気でなかったステラがなぜニューオーリンズに留まろうとしていたのか、当時のデジレーが深く考えることはなかった…。

 夫の暴力から逃れ、父親似の黒い肌を持つ娘のジュードを連れて、マラードに帰ってきたデジレー。白人のふりをして生きることを選び、デジレーの前から姿を消し、母親にも連絡を寄越さなかったステラ。もしかしたら、もっと他のやり方もあったのかもしれない。けれど、ふたりの道は分かれてしまった。幸せになる権利は誰にでもある。ただ、自分の求める幸せが、誰かを不幸にする可能性があるということもまた事実なのだ。双子の血は、それぞれの娘たちへと受け継がれていく。お互いを思いながら、それでも傷つけ合ってしまう姿に胸が痛む。周囲の人々との関わりも得て、彼女たちが歩んだ道の先には何があったのか、ぜひお読みいただきたい。

 人々を分断する要素をあげたらきりがない。人種、国籍、性別、職業、収入などなど…。登場人物たちを悩ませた問題は、物語の中ですべてが解決をみるわけではない。それでも、世の中のあらゆることに白黒がつけられるわけではないと知るのも大切なのではないかと思う。刊行時の紹介記事によれば、本書は全米で170万部を突破したとのこと。それだけ多くの読者に読まれているのに、ここに描かれている数々の問題についての解消の兆しはみられないままだ。矛盾だらけの世界を、それでも私たちは生きていかなければならない。差別やいじめをなくすのは不可能なことだと、私たちはうすうす気づいている。けれども、あきらめたら世界はもっと悪くなるばかりであるに違いない。少しでも理想に近づけようと力を尽くすことによってせめて、心ない声に一方的に傷つけられるだけではない強い心を持てたらと願う。

(松井ゆかり)

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