ケンタウルス座α星への長い旅に出る巨大宇宙船

ケンタウルス座α星への長い旅に出る巨大宇宙船

 レムの最初期長篇(1953~4年雑誌掲載、55年に単行本)にして、作者自身がその生前、翻訳を許可しなかったいわくつきの作品。こんかいは版権継承者から了解を得て、つつがなく刊行に至った。そうした経緯も含めて注目すべき一冊である。

 人類が順調に科学技術を発展させ、また社会的にも成熟を果たし国境が消滅している三十二世紀。ついに初の太陽系外への有人探査が試みられる。目的地ケンタウルス座α星まで何年もかかる旅だ。巨大宇宙船ゲア号に乗り組んだ二百二十七名は、各分野の専門家(技術者だけでなく芸術家が含まれている点が重要)とその家族。子どももおり、船内での新生児誕生もある。

 物語の構造はきわめてシンプルだ。

 主人公の私は、幼いころから宇宙に憧れ、船医としてゲア号に搭乗することがかなった。彼の視点で、ゲア号が出発するまでの過程、宇宙に出てからの船内でのできごと、行き先で遭遇する危機や謎、そして異星知性とのファーストコンタクトが、順に語られていく。また、他の乗組員とのやりとりを通じて、三十二世紀の理想社会が実現するまでの歴史が明かされる。科学技術の諸分野に関する議論もさかんにおこなわれ、そのなかにはレムの慧眼が光る発想も少なくない。たとえば、宇宙の生命をめぐる対話では、人間中心主義への批判が開陳される。のちのレム作品(『ソラリス』『インヴィンシブル』『天の声』など)で、大きく発展するテーマだ。

 いっぽう、ゲア号は人類社会の縮図であり、宇宙に出たからといって地球上の問題が棚上げにされるわけではない。もっとも厄介なのは船内の恋愛事情だ。そうした意味で、本書は青春小説的な側面を多分に備えている。といっても、レムの作品なのでベタな愁嘆場や修羅場はなく、登場人物はおおよそ理性的だ。人間ドラマは描かれるが、物語を都合良く盛りあげるための通俗的コンフリクトではなく、宇宙SFとしての本来のプロットを邪魔しない。これがひじょうに心地良い。

 その反面、抑制されてはいるがオプスティミックな物語であり、当時のポーランドの検閲状況を考えればしかたないのだが、体制追随的でナイーヴなユートピア観が下敷きにあるのも事実だ。作者自身が後年に、この作品の翻訳を禁じた理由のひとつでもある。そして1961年には、『マゼラン雲』のヴィジョンを反転させたような『星からの帰還』を著している。これもレムを追ううえで重要な作品だ。邦訳が現在品切れなのが惜しい。

(牧眞司)

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