戦争の裏で暗躍する凄腕PRマン… ボスニアはこうして情報戦争に勝利した!

戦争の裏で暗躍する凄腕PRマン… ボスニアはこうして情報戦争に勝利した!

2000年放送のNHKスペシャル『民族浄化~ユーゴ・情報戦の内幕~』をもとに執筆された『ドキュメント 戦争広告代理店 情報操作とボスニア紛争』(講談社)。著者はNHK国際放送局チーフ・プロデューサーの高木 徹氏で、同書は講談社ノンフィクション賞と新潮ドキュメント賞のダブル受賞を果たしている。

今回はそんな1冊をもとに話を進めていくわけだが、そもそも「戦争広告代理店」とは何なのか。じつは正確に言うと、広告代理店ではなくPR企業の話。戦争の裏でいかに世論が操作されているのか、同書には陰の仕掛け人たちの暗躍が描かれているのだ。

「人々の血が流された戦いが『実』の戦いとすれば、ここで描かれる戦いは『虚』の戦いである」(同書より)

まずタイトルにもある「ボスニア紛争」とは、1990年代に起きた旧ユーゴスラビアの民族紛争のことである。1992年にボスニア・ヘルツェゴビナの独立を巡って勃発し、独立に賛成するムスリム人とクロアチア人、反対するセルビア人の3勢力が抗争を始めた。

この紛争は冷戦終結後、世界各地で頻発した民族紛争の中でも最大級の戦いであったが、国際社会にとってはほんの些細な出来事にすぎない。同書の中でボスニアのハリス・シライジッチ外務大臣は、次のように語っている。

「ボスニア・ヘルツェゴビナは、国際政治の中ではとるに足らない小国です。私たちは、人口も少なく、石油も核兵器もありません。国連も、そのほかの大きな国際政治の舞台も、牛耳っているのはアメリカなどほんの一部の大国です。そういう国々の外交官は、次から次へと世界各地でおきるさまざまな問題の処理で忙しく、私たちの紛争のような小さいことに構っている暇はない、ということなのです」(同書より)

ではこちらを見向きもしないアメリカ政府を、どうすれば味方につけることができるのか。どうすれば国際社会に振り返ってもらえるのか。シライジッチ外相から事情を聞いたアメリカのジェームズ・ベーカー国務長官はこうアドバイスを送ったそうだ。

「アメリカ政府を味方にしたければ、米国世論を動かせ。世論を味方につけたければ、メディアを動かせ」(同書より)

そしてここから動き始めるのが、先ほどお伝えした「PR企業」である。PR企業のビジネスとはあの手この手で人々に訴え、顧客を支持する世論を作り上げることだ。

結論から言えばボスニアは、PR企業の暗躍により情報戦争に勝利している。ではその暗躍とは具体的にどのようなものなのか、ここからはボスニアの危機を救った凄腕PRマン、ジム・ハーフ国際政治局長の情報操作に注目してみよう。

まずメディアを動かすためには、マスコミが興味を持つようなフレーズや人々の心に触れるキャッチコピーを考えなければならない。そこでハーフが生み出した言葉が「民族浄化(ethnic cleansing)」。セルビア人のおこないを「民族浄化」のひと言にまとめたのである。

この言葉は異様な力を持っており、人々に与えるインパクトも極めて大きい。「民族浄化」に宿る言葉の力について、ボスニア紛争を取材していた記者は次のように語った。

「”cleansing(清潔にすること)”というのは、本来肯定的な言葉です。たとえば、汚れた服を”cleansing”するときれいになりますよね。そういう言葉を『民族を除去する』という意味で使うなんて本当にぞっとするような表現です」(同書より)

民族浄化はメディアの間で一気に広まり、やがて西側諸国の政治家たちも口にするように。たとえばカナダのバーバラ・マクドゥガル外務大臣は「民族浄化は、ナチスの行為の再来である」と記者会見で語り、アメリカのボブ・ドール上院議員は「ミロシェビッチ(セルビアの大統領)はもう1人のサダム・フセイン、いやヒトラーである」とプレスリリースの中で語っている。

そして「民族浄化」に次ぐ、もう1つの恐ろしいキーワードが「強制収容所」。全ては、地方新聞が「セルビア人が強制収容所を作り、ボスニアの人たちを収容している」とスクープを出したことに始まる。強制収容所といえば多くの人がアウシュビッツを想像すると思うが、実際はただの捕虜収容所でしかなかったらしい。

しかし現地に赴いたカメラマンがたまたま撮影したのが、有刺鉄線越しに映った”痩せ細った男性の姿”。それはまさに人々の中にあるアウシュビッツのイメージであり、ハーフはいち早くその映像をあらゆるメディアに売り込んだ。1枚の写真から「セルビア人は悪」というイメージを人々に植えつけ、情報戦争を有利に進めていったのである。

……と今回はボスニア紛争における情報戦争を紹介したが、じつはこのような情報戦争は日本の外交や内政、ビジネスの現場でも毎日起きているという。もしかしたら私たちが目にしている情報の裏には、ハーフのようなPRマンが暗躍しているのかもしれない――。そう考えると、世論の見方も大きく変わってくるのではないだろうか。

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