1年に7日間しか過ごせない人との恋〜宇山佳佑『ひまわりは恋の形』
ひとりとして同じ人間が存在しないように、恋愛の形も人によってそれぞれだ。本書は、”難病もの”と大ざっぱにくくられかねない一冊といえよう。しかし、主人公たちにとって彼らの恋は唯一無二のものであり、そのようにシンプルなレッテルでは表現しきれない物語であることを強く訴えておきたい。
大学4年生の葵井日向の就活は、3月の半ばを過ぎてもオール不採用という状態だった。その日、日向が受けていたのは、ある企業の最終面接。「二時間以内に世界で一番綺麗なものを持ってくること」という課題をクリアすべく、日向が選んだのは桜の入った花束、お値段は1万円。悩みに悩んで出した答えだったのに、「世界で一番綺麗なものが花だなんて。発想が平凡すぎるわ」と女性上司にばっさり斬り捨てられる(内定をゲットしたのは、彼女に手鏡を見せて”あなたが世界で一番綺麗”と持ち上げたチャラ男)。女性上司の「伝わってこないのよね。社会人として、人として、君がなにをしたいのかが」という言葉に打ちひしがれた日向だったが、高校からの友人である霧島犀司に教えられた怪しげなバイトにやる気をみせる。それは、「コノハナ姫」なる人物による「桜の花びら、集めてみませんか? 一枚一円で買い取ります」という依頼。
けれども、受け渡し時期の8月の中旬まで花びらをそのままの状態で保存するのは無理な話だった。苦心の末、日向が考えついたのは、花びらを手作りすること。犀司の家の蔵にあった大量の和紙をもらい、薄紅色に染めてカット。改めて依頼主から指定された8月22日、日向は待ち合わせ場所の渋谷のハチ公前に大量の花びらを持ってやって来た。が、約束の夜10時になっても依頼主は姿を見せない。何かの犯罪を疑い始めた日向の前にようやく現れたのは、「花も恥じらうほどに美しい」女の子だった。彼女は花びらを受け取るとスクランブル交差点の真ん中まで走って行き、両手ですくって空に向かって飛ばし始めた。彼女の笑顔に誘われ、気がつけば日向も一緒に花びらを投げ上げ…。
迷惑系ユーチューバーと誤解された日向が、警察に連行されて解放されたのは明け方。その場からいち早く逃げ出していた女の子はしかし、渋谷署のそばにある歩道橋の上で待っていた。日向が駆け寄ると、彼女はバイト代を渡してきて、「桜、久しぶりに見られて嬉しかった」「太陽が昇っちゃうからもう帰るね!」と謎の言葉を残し立ち去る。その日の午後、女の子から渡された名刺にあったフラワーショップ「コノハナ」を訪れてみた日向は、彼女の祖母から「雫は今朝、アメリカに帰っちゃったのよ」と聞かされ激しく動揺。雪野雫への思いがあっけなく打ち砕かれた日向は、すごすごと店を後にする。
その後、やっとのことで就職したのはブラック企業。先輩から情報通信商材のアポなし営業を無理矢理かけてこいと言われた先が、偶然にも「コノハナ」だった。雫の笑顔が思い浮かび、その場で会社を辞めた日向は、自分の気持ちに正直になろうと心に決める…。
上の説明だけで判断するなら(ところどころ「ん? これはどういうこと?」と不思議に思うような部分はあっても)、映画やドラマでならわりとよく見かけるタイプの設定だし、リアルでも聞いた覚えがあるような恋物語の導入と思われるのではないか。だが、雫は1年のうち7日間しか起きていられないという特異な症状を抱えていた。それ以外の約350日は目を覚まさずにいる相手との恋が、どんなものかうまく想像することは難しい。それぞれの家族や友人たちの理解にも助けられて、ひたむきに愛を育むふたりだったが…。どうか、これ以上は予備知識を入れずに読み進めていただきたいと思う。
恋愛が人生に不可欠だとは、私自身は思っていない。それでも、もし愛し愛される相手とめぐり会えたら、もちろん素晴らしいことだ。たとえ、それが痛みやつらさを伴うものだとしても。1年に7日間しか一緒に過ごせない相手であっても、ふたりが幸せを感じているなら、ほんとうは部外者に口出しできることはない。恋というものはふたりのためにあり、いまそばにいる人を大切にすることが何より重要なのだと、改めて思い知らされた気がする。
(松井ゆかり)
- ガジェット通信編集部への情報提供はこちら
- 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。