シミュラークルをめぐる果てなき戦闘
謎の異星体ジャムと人類との戦いを描く《雪風》シリーズの最新刊(第四作にあたる)。これまでの戦場は惑星フェアリィだったが、前巻でついにジャムが超空間通路を抜けて地球へ侵入を果たした。ただし、ジャムには実体がなく、大多数の人間にとって侵入の実感はない。そもそもジャムの目的すら不明なのだ。どうやらジャムは人間を認識しておらず、あくまで地球製の機械知性を相手に戦っているらしい。
人間同士の戦争は、一歩引いて見れば対外政策とも経済活動のひとつとも考えることができる。しかし、ジャム相手にはそうした理解は不能だ。未知の存在といかにコミュニケートするか—-その方途として奇妙な戦闘がつづいている。
そう、このシリーズはスタニスワフ・レム『ソラリス』同様、人類と未知の存在との遭遇をテーマにしたファーストコンタクトSFなのだ。
未知の存在はジャムだけではない。機械知性はもともと人類が創造したものだが、この時代には爆発的な進化を遂げ、人間に考えがおよばない領域に達してしまっている。皮肉なことに進化を加速する大きな要因となったのは、フェアリィ星でのジャムとの戦いだった。その人智を超えた機械知性の最先端にあるのが、FAF(フェアリィ空軍)の戦術戦闘電子偵察機、雪風だ。パイロット(本シリーズを通じての主人公)深井零大尉は雪風の得体の知れなさを痛感する一方、どんな人間よりも雪風に信頼を置いている。
さて、ジャムの地球侵入によってこの戦争は新しい局面を迎えた。ジャムの強靱なハッキング能力によって地球のマシンが汚染されてしまえば、FAFの戦力ではとうてい対抗できない。そこでFAFを率いるクーリィ准将が立案した奇策は、”ジャムを演じる”アグレッサー部隊の新設だった。これまで長くジャムと相まみえてきた雪風もそこに参加し、仮想ジャムとなる。
シミュラークル(模倣物)はこのシリーズを通じ、いくたびとなく変奏されてきたモチーフだ。この展開にアクセントを加えるのが、この巻から新しく登場する日本空軍のパイロットにして、FAFに協力すべく惑星フェアリィへ赴いた地球連合軍の一員である田村伊歩(たむらいふ)大尉である。彼女はアグレッサー部隊の模擬戦において、特異な才能を発揮した。ジャムは偽装工作に長けており、FAFにおいてジャムをもっともよく知る雪風すら欺くほどだが、そのジャムの偽装を田村大尉は見破ることができるのだ。
この〈ジャムを見る目〉とつながっているのか、それとも無関係なのか、いまの段階ではわからないが、彼女は風変わりな性格の持ち主である。子どものころから暴力を愛しており、もしも願いが叶うならば殺戮と破壊の地母神カーリー・マーになりたいと思っている。戦闘機乗りになったのも、それが最高の暴力装置だからだ。しかし、彼女は狂暴ではない。感情と切り離して暴力を行使する。
この強烈なキャラクターが今後のジャム戦において、どのようにかかわっていくか。シリーズ第五作は先ごろ発売されたばかりの〈SFマガジン〉6月号から連載開始。
(牧眞司)
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