二次創作魂が燃える『辮髪のシャーロック・ホームズ』が楽しい!
おおお、二次創作魂が燃えるぞ。
莫理斯(トレヴァー・モリス)『辮髪のシャーロック・ホームズ 神探福邇の事件簿』(文藝春秋)は、十九世紀の英国ロンドンを舞台にした名探偵の聖典を、阿片戦争の敗北によって領土の一部をイギリスに奪われた清代末期の香港に移して語り直すというパスティーシュ・ミステリーだ。
ホームズも永井豪によってシャーヤッコの名を与えられたり、宮崎駿版では犬になったりとさまざまな模倣のされ方をしているのだが、清国人として新たな生を与えられたわけである。中国語圏におけるシャーロック・ホームズ譚の歴史は古く、コナン・ドイルによる原典が連載中であった1896年にはすでに最初の翻訳が行われている。当初は小説という認識がなく、ホームズという実在の人物の活躍を元にした犯罪実話だと思われていたらしい。その受容史は樽本照雄編訳『上海のシャーロック・ホームズ』(国書刊行会)解説に詳しい。記述者であるワトスンの名が探偵のものだと誤認されていたという挿話など、いちいち興味深い。
原典におけるホームズとワトスンの出会いは、ハドスン夫人の下宿に住み始めた探偵が、ルームシェア相手を探していたのがきっかけということになっている。『辮髪』における探偵役、つまりホームズである福邇が家を買い、同居人を探していたところに語り手の医師、つまりワトスンである華笙がやってくるという出会いの形はほぼ一緒だ。聖典では戦争で名誉の負傷をして帰ってきたワトスンの境遇をホームズが「アフガニスタンに行っておられたんですね」と見抜くのだが、福邇の台詞はこうである。
「華先生は新疆の戦争でずいぶん手柄を立てたことでしょう。お怪我をなさったのは、伊犂での戦ですか?」
こうした具合に原作の名場面が清国人同士の会話に移し替えられている。作者がこの小説を書いた動機の一つは、ホームズ譚の構造を使って阿片戦争当時の中国について広く知ってもらうことだったそうで、福邇も華笙も心性は誇り高き清国人のそれなのである。作中には当然、帝国主義的侵略を行っているヨーロッパ・アメリカ人への憤りがふんだんに描かれる。また、探偵と助手はともに武術の達人であって、敵との格闘場面も毎回欠かせない読みどころになっている。武侠小説としても楽しめるように書かれているのだ。
作者のトレヴァー・モリスは1965年生まれで、小学校の英語の授業において児童版のホームズ譚と出会ったのがファンとしての目覚めであったという。漢文では、ホームズは福爾摩斯、モリアーティ教授は莫理亞提と表記される。トレヴァー・モリスの漢語表記、莫理斯があたかも二人の名を合成したような文字配列だったことも愛好心に火をつけたのだという。俺はこんなにホームズが好きなんだぜ、という魂の叫びが作中に横溢していて、実に好ましい。
ホームズ・パスティーシュの中には、名探偵の助手であり語り部を務めたジョン・H・ワトスン博士の未発見原稿が発見されたという体で始まるものが多くある。現実と虚構の境を曖昧にして、生きた英雄物語にしようという趣旨であろう。本書もそうした狙いの序文から始まっているので、何も前情報を持たずに読み始めた私は、あ、これは『上海のシャーロック・ホームズ』所収の短篇群と同時期に書かれた作品なのか、それにしてはずいぶん現代的な話の構成で巧いな、としばらく気づかなかったほどである。それによれば、本書の主人公である福邇摩斯(ホームズの漢語表記と一字だけ変えてある)は満洲族の人で1854年生まれ、親友の医師・華笙によって記録された物語は初め香港及び華南の新聞に記載され、広く人口に膾炙した。すでに散逸してしまったその記録を華笙の代理人兼編集者である杜軻南が収集し、合本の形で発掘出版した、ということである。杜軻南はドゥー・コナンと読む。つまりコナン・ドイルのもじりなわけで、このへんから、あ、聖典を換骨奪胎しているわけか、とわかる仕掛けで、巧いなあ、と感心させられるわけである。
モリスはこのシリーズを全四巻で書く予定だそうで、本書が2017年に刊行された第一作だ。作者の小説家デビュー作でもある。収録作は「血文字の謎」「紅毛嬌街」「黄色い顔のねじれた男」「親王府の醜聞」「ベトナム語通訳」「買弁の書記」となる。ホームズ・ファンなら題名から聖典の何にあたるのか当たりをつけられると思うが、実はそれほど単純な構造はしていない。たとえば「黄色い顔のねじれた男」という題名は、明らかに複数の話を組み合わせたものになっている。また、ギリシャ語ができる男が誘拐されて謎の通訳をさせられるという「ギリシャ語通訳」の翻案と見られる「ベトナム語通訳」は、後半に驚くような展開がある。これ、ホームズ・ファンのほうが何も知らない人よりもびっくりするはずなのだ。一口で言えばリミックスの妙味である。
オリジナルのアイデアを組み込んだ話も良くて「紅毛嬌街」は見るからに「赤毛組合」のいただきで、似たような始まり方をするのだが、ぜんぜん違う着地が待っている。俗に「赤毛組合」型というミステリー・プロットの類型さえあるくらいなのに、それを崩して使うための挑戦をしているのである。こっちの謎解きもなかなかいい。もう一つ「親王府の醜聞」は、もちろん「ボヘミアの醜聞」が元だが、聖典では不可能だったある逆転が仕掛けられている。こっちのほうがいい、という人もいるかもしれないくらいだ。
聖典にきちんと尊崇の念を示しつつ、オリジナル部分で読者を楽しませるというパスティーシュの鑑というべき作品が本書である。香港という原作とはまったく違った文化風土を舞台だから登場人物は聖典と違った考え方をするのだが、精神面ではどこかに通底する部分が残っているのである。換骨奪胎の匙加減が実に見事で、元ネタ知っている話のはずなのに先を読めない。すべての二次創作者はお手本としてこれを読むべきだ。トレヴァー・モリスとはいい酒が飲めそうである。
(杉江松恋)
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