心理サスぺンス『親密な他人』黒沢あすかインタビュー「大都市の中にポツンと存在している一人の人間の話」

ドラマとドキュメンタリーの境界を越え、常に斬新な映画を作り続ける中村真夕監督。主演に黒沢あすかさん、共演に神尾楓珠さんを迎えた『親密な他人』が公開中です。

【ストーリー】行方不明になった最愛の息子・心平の帰りを待つシングルマザーの恵。 ある日、彼女の前に息子の情報があると言う20歳の謎の青年・雄二が現れる。 寝泊りしている ネットカフェてで一度ゲームを一緒にやったというその青年に息子の持ち物を渡され た恵は、 怪訝に思いながらも、わらにもすがる思いでこの青年を自宅に招き入れる。 やがて二人は親子のような、恋人のような不思議な関係になっていく。 しかし雄二 には隠された目的が、また恵には誰にも言えない秘密があった……。

静謐でとぎすまされた96分の心理サスぺンスの誕生と、話題の本作。美しくも恐ろしい、寂しくも強い、恵というキャラクターを演じた黒沢あすかさんに映画についてお話を伺いました。

最初から「男性が好む映画だ」と思ってしまうのは、全然男女平等じゃないなと思います

――本作大変素晴らしかったです。中村監督が「黒沢あすかさんにお願いしたい」ということでスタートしたそうですが、オファーを聞いたときの気持ちは?

ありがとうございます。全ては監督のおかげです。監督が「黒沢さんと、ご一緒にしたい」と言ってくださって。一度お会いして監督の好きな作品、私の何を見てくれたか、という話をしました。瀬々監督の「サンクチュアリ」。それをいちばんにあげてくださっていて。それから、みなさん知ってくださっている「冷たい熱帯魚」であったり「六月の蛇」であったり。そういった作品の名前をあげてくださいました。

その後、母親が息子にかける深すぎる愛情に、監督ご自身が「違和感を抱いている」という話を聞いて。それはアジア特有のものなんでしょうかね?なんて話をしつつ。

――もうその段階で映画のテーマは決まっていたのですね。

はい。その後しばらく間があいて、「台本が出来ました」って見せてくださって、日本に蔓延っているオレオレ詐欺とコロナ禍のマスクのシーンがドッキングされていて。監督のもともと描きたかったものに、現代の日本が抱えている病理も混ぜ込まれていて、すごく興味深く読ませていただきました。

――監督は黒沢あすかさんの様な大人の女優さんが主役の作品を観たい、といったことをおっしゃっていますよね。

そうでしたね。大人の女性で色気もあって可愛さもあって…なんて。そんなことを言ってくださいました。

――おこがましいですが、私も大納得です。

そういう風に女性目線で言ってくださるのはすごく嬉しいです。男性は肉体美だったり、エキセントリックな部分であったりを褒めてくださることが多くて、それもとても嬉しいですが、実はその影でたくさんの女性が応援してくれているなと感じ取っていました。

一見男性ウケしそうな作品であっても、実は深く掘り下げてみると、女性たちの方が「良いよね」って言ってることも多い。その声に本当に耳を傾けてる?目を向けてる?と思うことがあります。

――分かります。それこそ「冷たい熱帯魚」も凄惨なシーンが多いですが、女性ファンが多いですよね。

あ、そうなんですよね! もちろんホラー系、スリラー系が苦手な方はいらっしゃるけども、実は女性でも大好きな方はたくさんいる。最初から「男性が好む映画だ」と思ってしまうのは、全然男女平等じゃないなと思います。中村監督がおっしゃってた、「大人の女性の映画が見たいと思った時に、日本映画じゃなくて海外の映画を観る女性が多い」っていう。それは現実的な声なのだと思います。

こうやって取材を受けていて思うこともあって。どちらが悪いというわけではないのですが、男性は大体、ジャンルに分けたがるんですよ。スリラーとかホラーとか。もちろん作品を紹介する上でジャンル分けをしたほうが扱いやすいのだとは思います。だけど、女性で見てくださった方はスリラーだ、ホラーだと分けて見てませんって仰ってくださるんです。そうではない(黒沢さんが演じた)恵の心理が怖かったとか、理解できる部分があるとか、共感できた、とか言ってくださるんですよね。

――本当そうですよね。本作も一応スリラーというジャンルはあるのかもしれませんが、ヒューマンドラマでもあり、サスペンスでもあり、ジャンルレスな作品だなと思いました。

はい。大都市の中にポツンと存在している一人の人間として。「恵」というのは肩書きであって、ひとりの人間が、という目線で見てもらえると、共通項、共感が広がるんじゃないかなと思っています。

スタッフがそれぞれのいいところを持ち寄って、中村監督の感性で作られた映画

――カメラワークや撮影手法も他の映画とは違うなと感じました。

中村監督も撮影の辻さんも、もともとを辿ると、ドキュメンタリー出身なんですよね。ですから捉え方が、やっぱり独特だなって。撮影中、お2人が「画角がこうで」と話し合っている姿を見ると、自分も予測をして、その枠の中でどんなふうに動いたらいいかなとか、いろいろ考えていたのですが、だいたいがひっくり返されましたね。出来上がった映像を見て、「あ、こんなふうになるんだ!」って。この映像を撮るがために時間を費やしていたんだ、と驚きました。

――音楽も美しいのに恐ろしさを感じる旋律で。

新垣隆さん、すごいですよね。事前に曲を作って譜面を書いていくのではなく、映像を見ながら即興で作っていったと聞きました。たくさんの感性が詰まっているんですね。中村監督の感性と、新垣さんの感性と、辻さんのセンスと。それぞれの部署の皆さんが自分のいいところを持ち寄って。それでいながら、ちゃんと中村監督の采配によって「親密な他人」という映画が作られていると感じます。

――撮影で大変なシーンは、ありませんでしたか?

神尾さんと私が対峙するシーンでのワンカット長回しですね。あのシーンだけはダメもとでも良いから、私なりのプランを監督に投げかけてみようと思って。監督はその度に向き合ってくださって、何シーンも撮ることになったんですけど。撮る度に清々しくなるっていうんですかね。「もう一回、行けますか」「もう一回、行きましょう」っていう声が硬くならずに清々しくなっていくっていう。変なプレッシャーにならずに取り組めるっていうのは中村監督の魔法なのかなと感じました。

――長年、女優さんをやられていますが改めて大変さと楽しさを感じられたのでしょうか。

そうですね。11歳からこの世界にいますが、これまでは瞬発力を鍛えられる映画が多かったんです。今でこそ、撮影の前に練習やお稽古をやってくれるんですけど、昔は、その場で監督さんなり助監督さんに「今からあなたはこういうことをします」っていうのを見せられて、それを目で見て覚えて即、やらなければいけない現場でした。

「出来ません」とは言えない、「やります」としか言えない状況下で、生き残るにはどうするか、次お仕事をもらえるにはどうするのかという瞬発力を磨くことに力を入れてました。だから瞬発力に関しては自分でも自信がありました。だけど、継続力になると、私はいつも印象を強く残して去る役が多かったので、本当に苦手なんです。でもいつまでも逃げてはいられない、継続力と最終的に向き合わなければならないよ、と言ってもらえたのが「親密な他人」という作品です。とても大切な作品になりました。

――素晴らしいですね。転機というか。

本当だったら、20代、30代で自分が苦手とするところを向き合わないといけないはずだったんですが、それを置いて、お仕事がいかにもらえるということを追求していったら「瞬発力を磨く」というところだったので。結局、置いておいたものが50歳になって再び返ってきた、自分のところに戻ってきたんだなと。

子供が手を離れた時に、今よりもっと女優として集中力が増していくのではないかと感じている

――今回、神尾さんとシーンがほとんどだったと思います。共演されていかがでしたか?

神尾さんは、私の息子と同い年なんです。

――そうなのですね!

そういった意味では、毎日20代の子と接点を持っているので、近づきやすかったです。だけど現場では仲良くするということはなく、恵と雄二の関係もそんなに仲良しである必要もないので、距離感を保ったまま神尾さんと接していこうと思いました。

神尾さんはその当時、同時進行で色々とお仕事をされていたらしいんです。クランクアップの時に、この現場に戻ってくると、スーっと雄二になれたって。「だから、この現場が僕は楽しかった」って仰っていたんです。それを聞いたときに、「神尾くんは現場では雄二になっていたから近寄れなかったのかもなあ」って。

――俳優の先輩として神尾さんのお芝居は、いかがでしたか?

そうですね。まぁ先輩っていうのは、恥ずかしいので別として(笑)。ちゃんと言葉のキャッチボールができる人なんだなって。だから、すごく楽しかったですね。例え、監督から「もう一回、撮り直しましょう」と言われたとしても、私と神尾さん自体は、どんな時であれキャッチボールが出来ていたと、いつも胸にあったので、そういう面でも私は救われていました。相手が神尾さんで良かったって。良い俳優というのは年齢じゃない、芸歴じゃないと感じたし、神尾さんがこの役に入り込めて感性を持って向き合ってくれていたことがありがたかったです。

――この映画のラストシーンは人によって解釈が変わると思います。鳥肌の立つ様なシーンで、私はすごく好きです。

ああいった終わり方にすることで、観客の皆さんがご覧になったときに、もっと分かりやすいものが良いとおっしゃる声が上がるのか、これが最高だって思ってくださるのか、あるいは、こういう結び方をイメージしていたって声が上がるのか、感想を聞くことが楽しみです。みなさん、それぞれ歩いてきたバックグラウンドによって捉え方が違うような気がします。どんな人生を歩んできたかによって、違うのかなと。

――今日こうして取材をさせていただいているのに恐縮なのですが、実際に観ないと分からない凄さがあると思うのです。

目に見えたスピードでヒットする華々しい道ではなくて、コツコツやっていくことがいかに大切かということをこの作品でお伝えできると良いなと思っています。今、全てにおいてスピード勝負だし、目にパっと入ってきたものが人気なんだと思いがちですけど、小さく光り輝いている良いものを「あ!」って見つけてくれた人が「知ってる?」って周りに教えてくれて広がっていく。そういうのが本物なのかなと。

――先ほど、息子さんがいらっしゃるお話をされていましたが、子育てと女優業の両立は大変だったのではないでしょうか?

14歳、16歳、23歳の3人の息子なので、ご飯を大量に作ることは大変ですね(笑)。アンテナを張って意識して生きているつもりだったのですが、この映画で中村監督から色々なお話を聞いて、息子を育てること、夫と向き合うこと、お仕事が入った時に女優になること、自分自身を生きることに精一杯で、中村監督ほど社会を感じられていなかったのかなと思いました。これからさらに女優として歩んでいくのであれば、子供が手を離れた時に、今よりもっと女優として集中力が増していくんじゃないかなと感じています。

――今でも素晴らしい俳優さんですが、例えば10年後とかですよね。

10年後。60歳ですね。60歳になったら今よりも、新しいことに一瞬、怯むのではなく少しは慣れていたいなと思いますね。まだまだ新しいことに対して怯む自分がいるので。家庭を持って、女優もやって、妻の顔も持って、って…いくつもの顔を持つ人って素晴らしいと思うんです。でも、自分に置き換えてみると、どれも中途半端にやってるんじゃないかなと悩む時もあって。そういった思いから脱却するためにも、まずは息子を育てることを一番にし、自分はまだまだ二の次、三の次っていう思いで女優に取り組むことが一つの生きることの修行であったと今はとらえています。焦らないようにしていても、ついつい焦っちゃうんですよ。まわりの同年代の女優さんたちの活躍が耳に入ってきたりすると、「あ、私は同じ歳なのに、まだここら辺にしかいない。あぁ…先越された」って思いがちなので。そうではなく、「人は人、自分は自分だよ」っていう、幼い頃に両親に躾けられたことを再び思い起こしている所です。ようやく50歳にして色々見えてきました。

――黒沢さんが理想としている俳優さんはいらっしゃいますか?

ジーナ・ローランズさんとジェシカ・ラングさんです。私の始まりはジェシカ・ラングさんなんですが、今はジーナ・ローランズさんですね。男にひれ伏すような女性を演じていなくて、強いんです。「私」というものがあって、土が付こうが、擦り傷になろうが、最終的にはピストルを持って守らなきゃいけないものを守るっていう行動を起こす。彼女は追い込まれれば追い込まれるほど、役を離れたジーナ・ローランズというものがもっと輝きを増すという。そこが美しいんですよね。結局どんなことも自分のエキスにしてるっていう生き方で。全てのことを無駄にしない、こぼさないっていう。そういったところが素敵だなと。もちろん、映画自体は監督をはじめプロデューサ、スタッフさん…縁の下の力持ちがあって彼女はトップとして輝いているんですけど、ちゃんと自分の足で立っているんですよね、しっかり。私には一つも二つも足らないところがあるので。彼女を一番星としておきたいなと思います。

――今日は本当に色々なお話を聞かせていただいて、大変光栄でした。ありがとうございました!

『親密な他人』
https://www.cine.co.jp/shinmitunatanin/

4月9日よりシネマ・ジャック&ベティ、4月29日よりアップリンク吉祥寺ほか全国順次公開中

(C)2021 シグロ/Omphalos Pictures

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藤本エリ

映画・アニメ・美容が好きなライターです。

ウェブサイト: https://twitter.com/ZOKU_F

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