寂れていた街がAIやビッグデータ活用で蘇った! バルセロナに学ぶ市民参加型のまちづくりとは?

バルセロナに学ぶデータを活用したまちづくりの可能性

ビッグデータやICTを活用したまちづくりで注目されるスペイン・バルセロナ。データを活用して、市民と行政がともにまちづくりへの意見交換をして、さまざまな政策実現に結びつけているという。20年前からバルセロナで都市計画に携わった経験を持つ、東京大学特任准教授の吉村有司さんに話を聞いた。

デジタルテクノロジーを市民生活の向上に役立てる

(写真提供/吉村さん)

(写真提供/吉村さん)

吉村有司
東京大学先端科学技術研究センター特任准教授
愛知県生まれ、建築家。2001年より渡西。ポンペウ・ファブラ大学情報通信工学部 博士課程修了。バルセロナ都市生態学庁、マサチューセッツ工科大学研究員などを経て2019年より現職。ルーヴル美術館アドバイザー、バルセロナ市役所情報局アドバイザーを兼任

バルセロナ(写真/PIXTA)

バルセロナ(写真/PIXTA)

――先生はアーバンサイエンスというデジタルテクノロジーやビッグデータを都市計画・まちづくりに活用するという研究に取り組まれています。

吉村 バルセロナでは、デジタルテクノロジーをうまく活用して、市民生活を向上させよう、公共空間の再生を図ろうという試みを行っています。データを公開することによって、市民一人ひとりに街の現状を認識してもらって、街をどのように変えていったらよいか考えてもらおうとしています。
バルセロナ市では、Decidim(デシディム)という、参加型のプラットフォームをオープンソースで開発して、運用しています。まちづくりの分野に、市民参加を積極的に促すための仕組みです。市民に気軽に意見を書き込んでもらって、対話や議論をしてもらい、都市の施策に反映しようというものです。

このDecidimについては、市役所では大々的に広告するなどして、市民の認知度も高く、PCやスマホなどから、高齢者などのデジタルが苦手な人達でも、できるだけ使いやすくし、書き込みや投票など誰もが参加しやすくしています。また、オンラインだけでなく、実際の対面でのグループディスカッションでの話し合いで補完もしています。
選挙による市長や議員の選出、議会での議論の末の予算執行という間接的な民主主義から、地域の市民一人ひとりが意思決定のプロセスに参加できる「民主主義のアップデート」と言えるでしょう。つまり、市民自身が、提案を行い、議論し、優先順位を決め、決断を下すのです。
Decidimは実験的な段階ですが、2016年から2019年にかけて行われた第1段階では、約4万人の市民が参加して、約1500の施策に落とし込まれました。
また2020年からの第2期の取り組みでは、住民からの提案について議論され、2021年6月に投票が行われました。これには、参加型予算として、市の予算のうち3~5%に当たる使い方を、Decidimで得られた市民の意見をもとに決めようというものです。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

Decidimは、バルセロナ市以外では、ニューヨーク市やヘルシンキ市など、300以上の公的機関や団体などで使われています。日本でも、兵庫県加古川市や東京都渋谷区などで取り組みがはじまっています。

―― まちづくりへの市民参加は、日本の自治体などでもこれまでさまざまに取り組まれてきました。ICTなどデジタルツールを用いて、市民の意見を採り入れ、議論し、決断までしていくという仕組みは画期的と思いました。ただ、公の場で個人の意見を表明することが苦手だったり、文化的な背景も違う日本でもDecidimを使いこなすことができるのでしょうか?

吉村 昨年(2021年)、渋谷でDecidimによる「ママチャリプロジェクト」を行いました。電動自転車の利用者が街を移動するGPS情報や環境情報などで、危険な箇所などを探り、快適なママチャリのための環境整備を行おうというものです。
ここでは、行政が行うワークショップは平日の昼間で時間的にキビシイ……、まちづくりの会合は男性ばかりで発言しづらい……。子育て中のママさん、パパさんたちからは、オンラインだと時間に縛られない、デジタルツールであれば家で子どもと居ながら参加できるといったメリットがあるという声が聞かれました。

(画像/渋谷区「親子にやさしいまちづくり」HPより)

(画像/渋谷区「親子にやさしいまちづくり」HPより)

19世紀半ばからデータに基づく都市計画に先鞭をつける

――バルセロナ市が、世界に先駆けてデジタルを駆使した取り組みに挑戦しているのはどうしてなのでしょうか?

吉村 スペインでは1930年代に始まった内戦、1975年までの長い独裁体制が敷かれた暗い歴史があります。一方で、独裁体制の後、1978年に新憲法を制定して以降、市民の民主化や自治に対する意識がとりわけ高いことが挙げられるかもしれません。
さらに、データを用いた都市計画・まちづくりについての取り組みは、実は19世紀にまでさかのぼります。
1850年代、イルデフォンソ・セルダ(1815~76年)という、土木技師がバルセロナの近代都市化に重要な役割を果たしました。セルダは、住戸一軒一軒を訪問調査し、人々の暮らしや家族構成などに関するデータを集め、それを分析することで、これをバルセロナの都市拡張の都市計画に活かしたと言われています。セルダが示した都市計画案は、1859年に承認されました。直感ではなく、データという根拠をもとに理論を構築して、バルセロナの都市づくりに応用したのです。つまりアーバンサイエンスという考え方が150年前からあったわけです。

―― 先生の経験を通して、バルセロナの都市計画・まちづくりのあり方ついて教えてください。

吉村 バルセロナには2001年に渡り、バルセロナ都市生態学庁やカタルーニャ先進交通センターなど行政系の機関に所属していました。モノ、ヒト、クルマなどの動きを通して、都市の分析をする仕事をしてきました。
都市生態学庁には、建築家や都市計画家だけでなく、数学者や物理学者など多様な専門家が集まっていて、都市のデータをもとに議論を行い政策に反映させていました。
また、市民の意見を聞くことも大切です。バルセロナには自分の街に愛着とプライドを持っている住民が多く、建築家・都市計画家なりがデザインをトップダウンだけで決めていくことには抵抗がある市民が多いと感じました。
ただし、いまの都市は大きくなりすぎました。また多様な人が暮らしていて、そうした状況で市民の意見を聞くことはたいへんです。そこで、市民にデータを公開しながら、デジタル技術を活用して意見を聞く仕組みを整備していきました。

スーパーブロック(歩行者空間化)を市民と自治体担当者が輪になって議論している様子(写真提供/吉村先生)

スーパーブロック(歩行者空間化)を市民と自治体担当者が輪になって議論している様子(写真提供/吉村先生)

スーパーブロック(歩行者空間化)された街路の現在の使われ方(写真提供/吉村先生)

スーパーブロック(歩行者空間化)された街路の現在の使われ方(写真提供/吉村先生)

吉村さんが2005年に担当していたグラシア地区の歩行者空間化(スーパーブロックの実証実験)の現在の姿。死んでいた街が蘇った(写真提供/吉村先生)

吉村さんが2005年に担当していたグラシア地区の歩行者空間化(スーパーブロックの実証実験)の現在の姿。死んでいた街が蘇った(写真提供/吉村先生)

歩いて楽しい街には経済波及効果があることが分かった

――ビッグデータの分析から、人々が歩いて楽しめる都市空間が街の経済に効果があることが分かったそうですね。

吉村 都市においてクルマ中心の道路空間を、歩行者に解放する動きが世界的に進められています。また、新型コロナによって、道路空間をオープンカフェなどに転用することが注目を集めています。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

ところが、道路に面する小売店や飲食店の店主などから「これまでクルマで買い物に来ていたお客さんが来なくなって、売上げが落ちる」という言い分がありました。
都市計画に関わるわれわれは、歩行者数が増えると、売上げは上がるはずだと考えていました。ただ、これを経済学的に裏付けるデータや論文は見当たりませんでした。
そこで、バルセロナ市やスペイン全土の都市の歩行者空間にされている道路をオープンストリートマップ(OSM)から自動抽出して、個人情報などに十分に注意しながらもその道路に面している事業者の売上情報との比較を行いました。すると、レストランやカフェなど飲食店については、歩行者空間にした後には、売上増に結びついているという結果が出ました。(*)データサイエンスにもとづく、まちづくりの可能性を示した成果と言えるでしょう。
*:東京大学先端科学技術研究センター+マサチューセッツ工科大学+ビルバオ・ビスカヤ・アルヘンタリア銀行の共同研究

バルセロナ等の都市で歩行者空間の分布(画像/東京大学先端科学技術研究センター)

バルセロナ等の都市で歩行者空間の分布(画像/東京大学先端科学技術研究センター)

日本でもデータ活用によるまちづくりの可能性が広がる

――ビッグデータの解析や研究が、まちづくりのあり方やその効果検証に使えるのですね。

吉村 日本においても、国にはデジタル庁が創設され、東京都でも昨年4月にデジタルサービス局ができ、ビッグデータの収集や公開などの環境整備がはかられつつあります。
東京都の「デジタルツイン実現プロジェクト」は、センサーなどから取得したデータをもとに、建物や道路などのインフラ、経済活動、人の流れなど様々な現実空間の要素を、コンピューターやコンピューターネットワーク上の仮想空間上に「双子」のように再現しようというものです。
これまでの平面の地図上だけでなく、3次元空間の中で、従来は重ね合わせることが難しかったデータを可視化し、AIによって高度な分析・シミュレーションが可能になるでしょう。まちづくりや防災、交通、エネルギーなど、様々な分野で活用が期待されています。

東京都が行う「デジタルツイン実現プロジェクト」ウェブサイト(画像/東京都ホームページ)

東京都が行う「デジタルツイン実現プロジェクト」ウェブサイト(画像/東京都ホームページ)

これからのまちづくり・都市計画は、トップダウン型の一人のヒーローではなく、市民を中心としたボトムアップ型の取り組みが求められると考えています。
そのために、データはとても重要です。そのデータに基づいて、みんなで議論することが可能になります。
市民や行政、専門家を含めて、自分たちの街をみんなで良くしていける時代が訪れることを期待しています。

――市民も身近にまちづくりに参加できる時代が訪れているということですね。今日はありがとうございました。

●取材協力
東京大学先端科学技術研究センター
●関連サイト
・デジタルツイン実現プロジェクト
・渋谷区「親子にやさしいまちづくり」

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