知的障がい者の一人暮らしをサポート。24時間体制の介助「パーソナルアシスタンス」とは?
重度の知的障がいと自閉症をもちながらも、都内でアパートを借り、1人暮らしをする岡部亮佑さん。自分らしい生活ができる理由は、公的な制度の利用に加え、本人の自己選択に基づき、24時間体制でサポートするパーソナルアシスタントの存在。とある平日に同行し、アシスタントチームのマネージャーである中田了介さんと、亮佑さんの父親で社会福祉学者の岡部耕典さんにお話を聞きました。
将来の自立を考え、11歳から介助者のいる暮らしをスタート
日本の人口の7.4%(936.6万人)に当たる障がいがあるとされる人のなかで、知的にハンディを負う人は108.2万人。障害者手帳を有する65歳未満の知的障がい者は96.2万人ですが、そのうち81%が親や兄弟・姉妹をはじめとした同居者、また14.9%がグループホームといった施設に住んでおり、1人暮らしをする人は、わずか3%にとどまっています(2016年 厚生労働省 生活のしづらさなどに関する調査)。
そんななか、岡部亮佑さん(以下、亮佑さん)は重度の知的障がいと自閉症をもちながら24時間体制で介助者の力を借り、自立した生活をしています。
通所施設から帰宅中の岡部亮佑さん(右)とパーソナルアシスタントの中田了介さん(左)(写真撮影/田村写真店)
亮佑さんは赤い洋服が好きで、自分で選ぶことも。休日は自立生活センターの仲間とプールや川で遊んだり、パーソナルアシスタントと公園や銭湯に行ったりして過ごします(写真撮影/田村写真店)
今年28歳になる亮佑さんが、実家を離れて1人暮らしを始めたのは、学校生活を終える18歳のときのこと。しかし、それ以前から介助者が身近にいる日々を送っていました。背景には、ご両親の考えがあります。
「常に見守りが必要で、集団生活でストレスを抱えがちな息子の将来を思えば、早い段階で自立を支えてくれる人を見つけ、環境を整えたほうがいい」と、小学校5年生のときから平日は放課後から夕食までの約4時間、休日は丸1日を介助者と過ごしてきたのです。
常時8人ほどが交代で訪れていたため、大人に差しかかるころには、本人の意思をくんだ上で適切に対応できるチームがつくられていました。
ハンディを負う当事者が、主体性をもって生活するべくアシスタントを育て、サービスを利用していくことを“パーソナルアシスタンス”といい、北欧やイギリス・カナダなどでは一般的です。亮佑さんは、まさにその概念を日本で体現しているといえます。
本人の意思を尊重しつつ、リスクを回避するのもアシスタントの役割
平日は通所施設、土日はプライベートの時間を過ごす亮佑さん。現在、かかわっているパーソナルアシスタント(以下、アシスタント)は、全て当初から契約している自立生活センター「特定非営利活動法人 グッドライフ」のスタッフです。
「自立生活センター」とは、障がいのある当事者が中心になり、地域生活をかなえるための各種サービスや情報提供などを行う民間機関のこと。中田了介さんが亮佑さんのアシスタントチームのマネージャーとなり、自身もアシスタント業務に入りながら、全体のスケジュール調整や課題解決を図っています。
中田さんは、亮佑さんが介助者利用を開始したころからのメンバー。付き合いは17年にもなると言います。
ある平日の2人に同行させてもらいながら、お話を伺いました。
高校時代の同級生が介護の専門学校に通っていたことから関心をもち、介護福祉士になった中田さん。最初は老人ホームでキャリアを積んでいましたが、先輩に誘われ自立生活センターで仕事をするように(写真撮影/田村写真店)
亮佑さんの日常でアシスタントがつかないのは、通所施設の間だけ。この日は施設終了時間の16時に中田さんが訪れ、ともに自宅に向かいました(写真撮影/田村写真店)
自閉症には「言葉のやりとりの難しさ」「特定のものごとへの強いこだわり」といった、共通して見られがちな傾向があるものの、一人ひとりで個性や人となりはさまざまです。亮佑さんの場合は好きなことが明確で、常にやりたいことがいっぱい。中田さんはパーソナルアシスタントとして、本人の自己決定に基づいてサポートしていきますが、ただ、時としてそうでない場面が出てくると言います。
「例えば本人の嗜好のまま食事をすると、ソースを大量にかけたり、甘いジュースをとことん飲んだりしてしまうことが。『健康を害しても好物だから構わない』と納得しているならよいですが、そうではありません。ぎりぎりまで尊重しますが、『これは止めておこう』と促すこともあります」(中田さん)
帰り道が、毎回同じだと執着が生まれてしまうことや、その時々で調子に違いがあるため、アシスタントが臨機応変に変えます。亮佑さんが中田さんに腕を添えるのは比較的、状態が優れないときですが「この人は大丈夫」と感じている証しでもあります(写真撮影/田村写真店)
自動販売機の前で清涼飲料水の見本を指さし、飲みたいことを示す亮佑さん。何本も欲しいと伝えますが、促されて1本に。リュックから財布を取り出し、中田さんがお金を払います(写真撮影/田村写真店)
亮佑さんには感覚が繊細なところがあり、人の騒がしい声などを聞くと、調子が傾いて行動が落ち着かなくなることが。また、マンホールを踏んだり、水に触れたりするのを好むため、道端で見掛けると突進しそうになることもあります。放っておくと社会生活の輪から外れてしまうため、これを制して周囲の人と調和できるようにすることもアシスタントの役割です。
公園は、帰りによく立ち寄る場所。この日はたまたま居合わせたお子さんとともにブランコをこぎました(写真撮影/田村写真店)
「行動の傾向が目立ちやすく、変わった人に映るかもしれませんが、『やりたいな』と思うことをしているのはみんなと同じ。亮佑さんの場合は『赤信号で渡らない』など、基本的なルールを分かっていますが、障がいの内容は本当に人それぞれです」(中田さん)(写真撮影/田村写真店)
今日は公園に約40分滞在。最後は中田さんもブランコに参加。自閉症の人は「同調」を好むところがありますが、「合わせなくては」と苛立ちになり得るため、偏り過ぎないことが大切と言います(写真撮影/田村写真店)
公園を出たら、手袋とゴミ袋を買いにホームセンターへ。亮佑さんが要求しなくても生活のなかで必要になる日用品は、前日のアシスタントがノートに書き込み、翌日の担当者が買うようにしています(写真撮影/田村写真店)
時間をかけてきたからこその、当事者とアシスタントの心地いい関係
当事者の身の回りでできないことに対し、介助者がどうかかわっていくかは、事業所によって考えが異なります。自立の一環として一緒に取り組む人もいますが、亮佑さんのアシスタントチームでは、本人が関心の無いことは無理強いしない方針。例えば食事は基本的に食べたいものがあるのでそれに沿いますが、掃除や洗濯・日用品の買い足しは、完全にアシスタントが行います。
「ただ、はっきり『する・しない』の線引きをしているわけではなく、そのときの状況を見た上で長年の感覚に頼ることが多いです。毎日の洋服選びや休日に出掛けるスポットなどは、日ごろから本人の親しんでいるものがわかるので、自然と答えが落ち着きます」(中田さん)
これは亮佑さんとアシスタントチームが17年の月日のなかで、心地よいあり方を育んできたからこそ。
一方で、入所施設やグループホームだと、こうはいかないと話します。
本人の好みで自炊をすると味つけが偏りがちなため、最近は外食が中心。「食事、何にしようか」と中田さんが聞くと「うどん、ポテト」と亮佑さんが言い、これらがそろう回転寿司店へ(写真撮影/田村写真店)
「施設ではどうしても複数の入居者を1人のスタッフで見るため、後回しになることが出てきます。以前いたグループホームで、たまたま1対1で入居者を見るようになった時期があるのですが、自由に過ごせることで穏やかになり、知らなかった一面が見えてきた方がいました。異動の多い施設だとなおさら、一人ひとりとじっくり向き合い、理解していくのは難しいでしょう。一概に1人暮らしがよいとは言いませんが、違いはあると思います」(中田さん)
築約30年・2DKのアパートは自分名義で借りたもの。お茶を入れ、絵を描き、音楽を聴き、ゲームをしてと、帰宅後もやりたいことがたくさん。ただ本人ができることが必ずしも安全とは限らないため、中田さんは常に注意をめぐらせています(写真撮影/田村写真店)
頸椎損傷やALSの人の在宅介護をしたこともある中田さん。亮佑さんが就寝中、隣で横になりますが、少しの気配で起きることができると言います(写真撮影/田村写真店)
各種制度の利用に加え、息子のよき支援者をつくることに尽力
1人暮らしがすっかり板についている亮佑さんですが、どうやってここまでの土台を築いてきたのでしょう。
父親であり、社会福祉学者でもある岡部耕典さんにお話を聞きました。
早稲田大学教授で福祉社会学・障害学を専門とする岡部耕典さん。これまで障がい者政策・制度改革にも携わっていました(写真提供/岡部さん)
現在、亮佑さんの生活支援は夜間を含む介護(重度訪問介護)と施設への通所(生活介護)、生計は「障害年金」「特別障害者手当」「東京都重度心身障害者手当」で成り立っています。岡部さんご夫妻は、自分では環境を整えられない息子の親として、資金面の基盤を用意するだけでなく、自立を支えてくれる支援者をつくることに力を入れてきました。
重度訪問介護とは、重度の肢体不自由者もしくは行動上著しい困難がある知的障がい者および精神障がい者が、生活全般にわたる介護を受けられる制度のこと。認定された事業所であればどこでも利用できますが「パーソナルアシスタンスの考えに理解があること」「丸1日のサポートに対応できること」を重視すると、おのずと見えてきたのは自立生活センターだったと言います。
ただ、長時間の重度訪問介護制度を使うのは、地域によっては壁が高いのだとか。
「自治体によって姿勢が異なるため、きちんとコミュニケーションを取り、利用する側の意志を伝えていくことが必要です。例えば依頼する予定の事業所と、一緒に相談や申請に行くのもよいでしょう。自立生活センターなど、重度訪問介護の制度を熟知し、手続きに慣れている事業所もあります」(岡部さん)
いずれにしても地域で暮らすようにしたいとなったら「うちの子どもにできるはずがない」と思い込まず、重度訪問介護を利用した自立生活を選択肢に入れてみたらよいのでは、と話します。
「まずは、できるだけ早い段階から短時間でも介助者を利用してみて、本人が慣れていくこと。当事者を理解し、相談に乗り、ともに励んでくれるアシスタントを事業所と一緒につくり上げていくことが大事ではないでしょうか」(岡部さん)
思いがけないことを経験しながらも、自分らしい生活を営んでいく
今、亮佑さんが住むのは1人暮らしを始めて2軒目の物件。通所施設に近く、より静かな環境を求めて住み替えを決めたものの、希望するエリアで不動産会社から紹介してもらえたのは2軒だけ。部屋探しには、ままならない現実があると言います。また、道端などで人と接触したとき、一方的に非があるとされるケースも少なくないそうです。
「だからといって特別扱いされるのも違っていて、仮に迷惑をかけたならほかの人たちと変わらない対応をしてほしいと思うんです。そうすることで当たり前のように社会になじんでいけるのではないでしょうか」(中田さん)
中田さん自身、自閉症の人と接したのは亮佑さんが初めてで、言葉の少ないところに最初は躊躇したとか。しかし、今では意思疎通が図れないとは、まったく思わないと言います。
「たまに『何でこんなことにこだわるの?』と思って『あっ、そうか』と気付くんです。そのくらい自閉症であることを忘れています(笑)。
当事者と介助者は相性がありますし、もちろん役割を担っているので大変な場面もあります。でも1人と長く付き合うと、よく知った仲になるだけにラクでいられるんです。いろいろなところに出掛けると楽しいですし、『気持ちが通じ合った』『うれしいことが伝わった』と思える瞬間があるのが、この仕事のよさ。亮佑さんからたまに新しい言葉を聞けることがあり、日々の発見も面白いです」(中田さん)
亮佑さんは絵が得意で、国立新美術館で作品を展示するほか、都内のアート展で佳作を取ったことも。「フリーハンドで正確な直線や真円を描けるのですが、直に目にすると本当にすごいと感じます」(中田さん)(写真撮影/田村写真店)
「自閉症や知的障がいとされる人は、街のあちこちにいます。確かに触れたことのない言動を目の当たりにすると、驚いて『何かされるのでは』と感じるかもしれませんが、アシスタントが一緒であればまず大丈夫でしょう。どうあるべきかの答えはないかもしれません。でも、まずは知ってほしいと思います」(岡部さん)
最後に、これからの亮佑さんの暮らしの課題を問うと、中田さんは「今は十分な生活ができていて、これ以上はないほどだと思うので、現状維持かなと。この状態を長く続けられたらと、切に願います」と話しました。
ただただ自分らしく暮らしを営む。そうであることの意味がここにあるのかもしれません。
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