遠い星へむかう虚(うつ)ろ舟、吸血のイニシエーション
2006年から徳間書店の雑誌に長期連載していた、恩田陸の吸血鬼SFがようやく一冊になった(単行本化にあたって大幅に改稿)。
主人公である十四歳の高田奈智が、母方の故郷、磐座(いわくら)を再訪した。久しぶりに来たこの地、ここで特別なキャンプが開催され、奈智はさまざまな場所から集まってきた同世代の少年少女たちとともに、それに参加するのだ。
物語のはじまりにおいて、奈智は二重の意味でイノセントだ。
イノセントのひとつめの意味は「無垢」である。奈智はキャンプでの体験により、身も心もそれまでと違う性質へと急激に変化する。それを成長と呼んでよいかはわからない。キャンプ中に秘儀的雰囲気すら漂うイニシエーションがあるようで、それをくぐりぬけた者だけ――何人がそれを達成しうるかはわからない――が、「虚(うつ)ろ舟乗り」になる資格を得るのだ。「虚ろ舟」とは、星々の世界へ長い航行をする宇宙船である。
奈智がイノセントであるもうひとつの意味は「無知」である。彼女はキャンプで何がおこるかをまったくといってよいほど知らない。ある事情によって、奈智の保護者である遠戚の伯父夫婦は、奈智にキャンプのあらましを伝えていなかったのだ。その事情は、奈智の両親にかかわっている。両親はこの磐座で出逢い、奈智を産んだのち、母は変死を遂げ、父は失踪した。両親の来歴、そして彼らの変死・失踪のうらに、虚ろ舟の秘密が見え隠れする。
さて、恩田陸のデビュー作は、謎めいた伝説と不可解な日常をめぐる青春ミステリ『六番目の小夜子』だった。本書『愚かな薔薇』も、その雰囲気を濃厚に受けついでいる。
キャンプの時期はちょうど磐座の夏祭りにあたっており、伝統的な祭りの風情が、通奏低音のように物語の背景に流れていく。また、奈智たちがキャンプの仲間と訪れる、細くつづく山道の先、鳥居をくぐった向こうにある、柵としめ縄で囲われた円形の広場。周囲には山の頂が連なっていて、まるで空中庭園だ。
こうした舞台装置が、物語に独特の抑揚をもたらしていく。それと同時に、しだいに明かされていくSFとしての設定とわかちがたく結びついているのだ。
先ほどふれたキャンプ中に起きるイニシエーションも、この物語のSFアイデアの中核とかかわっている。そこから展開されるのが、耽美的な吸血鬼テーマだ。本作を読んで、萩尾望都『ポーの一族』やアン・ライス『夜明けのヴァンパイア』を思い起こす読者も多いだろう。吸血行為にまつわるセクシャルなニュアンスと、思春期特有の戸惑いやおののきが、たくみにプロットに織りこまれる。
(牧眞司)
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