オリジナル・アンソロジーの四冊目
創元SF短編賞の受賞作家を中心としたオリジナル・アンソロジーの四冊目。掲載作家にとっては、いわばホームグランドということで、それぞれの持ち味を十全に発揮した作品を寄せている。同賞の十二年にわたる歴史については、特別寄稿の鈴木力「SFの新時代へ」が要領良くまとめている。
さて、収録作品を掲載順に読んでいこう。
大震災後の日本を舞台とする「未明のシンビオシス」で巻頭を飾る小川一水は、ゲスト格としての参加。さすがに安定感抜群のストーリーテリングだ。壊滅した近畿から、語り手のおれと、ひょんなことで知りあったキダのふたりが、震災前のデータが蓄えられている巨大サーバーセンターがある帯広をめざすロードノベル。現地では、設定にかかわる大きな謎が待ちうけている。
川野芽生「いつか明ける夜を」は、太陽のない世界で、滅びから集落を救う神話的な馬についての幻想小説。馬は自ら乗り手を選んで東へ向かい、援軍を連れて戻ってくると伝えられている。しかし、その援軍がどういうものなのかはわからない。いままで東へ向かった馬は何頭もあったらしく、その記録がシャッフルされて並置される。
宮内悠介「1ヘクタールのフェイク・ファー」は、気がついたら身一つでブエノスアイレスにいた男の饒舌な独白で綴られた、どこへむかうのかわからない、奇妙な日常小説。途中で認識論的思惟が展開するものの、全体としては自堕落なぐだくだ感が絶妙の味を出している。
宮澤伊織「時間飼ってみた」は、マッドサイエンティストもの。時間を結晶化した、生き物のようなものをめぐる、中核のアイデアはハードSFと言えばハードSFなのだが、物語のテイストは、あくまでしゃべくり感覚の法螺話。楽しい。
小田雅久仁「ラムディアンズ・キューブ」は、超越的存在に地球が支配されてのち、地上の各所に突如として異空間があらわれるようになる。その異空間の内部では、宙に浮かぶ船、未知の兵器で武装した兵士の群れ、高層ビルほどある醜悪な巨人、次々に黒い獣に変身するひとびとなど、悪夢めいたできごとが発生するのだ。そのさまは、ストルガツキーの『ストーカー』の情景や、アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の使徒来襲を思わせる。そうした状況設定以上に、物語の展開が悪夢じみている。この作家ならではの異様小説。
高山羽根子「ほんとうの旅」は、寝台特急に乗りあわせたふたりが、ひとびとに大きな影響を与えるWeb上の記事「ほんとうの旅」について会話をする。ドキュメンタリーともフィクションとも決められない、そうした記事のありかたとは?
巻末の二篇は、第十二回創元SF短編賞の受賞作。
優秀賞の溝渕久美子「神の豚」は、インフルエンザの大流行で家畜飼育が禁止された近未来の台湾が舞台。三人きょうだいの末妹である主人公のもとに、次兄から「ひとりぐらしの兄が子豚に変わった」との連絡がくる。マジックリアリズム的雰囲気もかすかにあるが、物語はあくまで現実的な水準で、主人公と子豚との周囲で展開される。派手なアイデアも波瀾に富んだ展開もないが、さらさらと沁みこんでくる小説。本書のなかでもっとも印象に残った一篇だ。
正賞受賞の松樹凛「射手座の香る夏」は、意識を人型ロボットへと転送し、危険な場所で作業をおこなう技術が確立した時代で、転送中の人体(待機室に収められていた五体)が忽然と消えてしまう。この事件を追うミステリーと並行して、同様の技術で禁断の「動物乗り」(動物の身体に意識を転送する)に興じる若者たちの物語が語られる。ふたつのプロットが綯いあわさってクライマックスが形成される構成だ。また、動物の身体に意識が入ったあと、世界の感じかたが大きく変化する(とりわけ嗅覚が優勢となる)さまがみごとに描かれ、それがSFのアイデアと深くつながっていく。
(牧眞司)
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