新旧銀活メンバーが奮闘する〜古内一絵『二十一時の渋谷で キネマトグラフィカ』

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新旧銀活メンバーが奮闘する〜古内一絵『二十一時の渋谷で キネマトグラフィカ』

 映画館で映画を観るのは格別な喜びだった。現代の若者たちにとっては、映画というものは配信で観るのが当たり前という感覚かもしれない。しかし、スクリーンを前にわくわくしながら上映が始まるのを待つ高揚感はやはり、テレビやスマホの画面では得られない。

 本書の舞台は、シリーズ第一作にあたる『キネマトグラフィカ』と同じく、老舗の映画会社・銀都活劇(銀活)。物語の始まりは、「令和」の元号が発表された2019年4月1日のことだ。新橋駅前広場の大型ビジョンで新元号の発表を目にした江見は、銀座の外れにある銀活の自社ビルへと向かう。職場に着いてみれば、若手たちの会話も「令和」で持ちきり。「新元号に自分の名前が入ってて嬉しい」と無邪気に喜ぶ若林令奈。「いい時代になんかなるわけない」と悲観的な前村譲。新元号に浮かれて名づけられた自分の名前に不満を持ち続けてきた平成元年生まれの美濃部成平。彼ら3人とチーム長の江見が、DVD宣伝チームだ。

 譲の悲観は根拠のないものでもない。戦後の日本映画黄金期を彩った映画会社のひとつである銀活だったが、「大手IT企業資本の映像配信会社、マーベラスTVの傘下に入る」ことが決定した。詳細はまだ明らかにされていないものの、銀都活劇の社名もおそらく消滅するとのこと。「資本交代を前に、制作も、映画宣伝も、事実上業務がストップ」した状態が続いていて、「営業譲渡の形をとるため、今後の業務に変更はない」と繰り返す総務からの通知も当てにならないという、先の見えない状況だ。その晩、ひとり暮らしの自宅でカルチャー雑誌を眺めていた江見は、最後の渋谷系と称されるミュージシャン・カジノヒデキの記事を目にする。90年代末の渋谷の映画館で江見は、カジノヒデキと上映作品のプロデューサーのトークショーと、それに続くレイトショーを観たのだった。始まった映画は、『サザンクロス』。何の作品かも知らずに入場待ちの列に並んだ江見だったが、英国人女性と結婚した日本人男性が妻を亡くし、その連れ子である十代の娘とともに日本最南端の島に南十字星を見に行くというロードムービーに衝撃を受ける。その『サザンクロス』を製作・配給していたのは銀活だった。当時とほとんど変わらないカジノヒデキの姿を見るうち、江見はある企画を思いつく。しかし、上司や他部署の思惑が絡み、企画の実現にはいくつかの障壁が立ちはだかり…。 

 前作『キネマトグラフィカ』でも、2018年の現在と「平成元年組」と呼ばれた主人公たちが入社して間もなくの1992年当時という時間の経過が描かれていた。時を経て改善されてきた部分もあるけれど、家庭内や組織の中での男女の負担はいまだ平等ではないということを、本書を読んで改めて思い知らされる。それでも、納得がいかないと感じた気持ちを発信していくことで変わることで男性たちの意識も変化していくのであれば、それはきっと彼ら自身にもよい影響を及ぼすはずだ。男性たちにもまた生きづらさはあるわけで、つらいときには声をあげてもいいのだと思えるようになるだろうから。咲子の息子・拓のような柔軟な若い心に、とりわけ届いてほしい。

 一方で、ここに書かれているどんな人生もアリなんだ、とも感じた。好きな仕事でも、それほどでなくても。子どもがいても、いなくても。考えてみれば、会社って(学校もだけど)不思議な集まりだなという気がする。バリバリ仕事をしたい人もいれば、なるべく仕事の手は抜きたい人もいる。お給料よりやりがいを求める人もいれば、その逆もいる。仕事に向かう姿勢は人それぞれ(キャラも目指すところも違う江見と平成元年組のひとり・葉山学と野毛由紀子が、同じ組織の一員として働いているって、よく考えるとすごいことだ)。利益や業績を上げたいという気持ちは同じだとしても、よほどのことがない限り全員が一枚岩となって同じ目標に向かって突っ走っていくという状況はまず考えられない。しかし、時にはどんな運命のいたずらなのか、各人の利害がうまいこと重なって化学反応が起きることもある。例えば江見が立てた企画に、現役社員たちのみならず、銀活を去った「平成元年組」までが色めき立つといった具合に。これって、組織で働く醍醐味のひとつでもあるのではないだろうか。

 この30年ばかりをみても、結局旧態依然として頑なに変化を受け入れない部分を残してきた職場はいくらでもあるに違いない。私たちはこれからも、古い価値観や偏見といったものによって批判にさらされたり値踏みされたりすることから完全に逃れるのは難しいだろう。しかし、仕事に向き合い力を尽くしたと納得できれば、そのことはきっとこれからの自分を支えてくれる。明日の自分に胸を張れるようにやっていかなくてはと、新旧銀活メンバーそれぞれが奮闘する様子に励まされた。

 「カジノヒデキ」や「宮野摩子」ってやっぱ渋谷系のアイコン的存在のあの方々にあやかった名前だろうな…といった感慨に浸れるのも一興。若い者にはわかるまいが…なんて、こういうのもハラスメント(ピュアハラ?)ですかね、反省反省。でも渋谷系っていま聴いても素敵な楽曲が多いので、お若い方々もぜひ!

(松井ゆかり)

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