『小公女』『若草物語』『赤毛のアン』――大人になって読む翻訳少女小説は新たな発見に満ちている
子どものころに胸を躍らせながら少女たちが活躍する物語を読んだことはありますか? 『小公女』や『若草物語』、『赤毛のアン』といった、いわゆる「少女小説」の多くは19世紀後半から20世紀前半に書かれ、世界中で大ヒットしました。日本では戦後の20世紀後半に小中学生の女子を中心に絶大な人気を獲得しました。
「少女小説が国境も時代も超えて愛されてきたのは、多様な読み方ができるテキストだったからこそ」というのは、文芸評論家・斎藤美奈子さん。大人になった今あらためて翻訳少女小説を読んでみたらどうなのか、斎藤さんなりの解釈を記した著書が、今回紹介する『挑発する少女小説』です。
斎藤さんによると、少女小説をひとことで表すならば「戦う少女たちの物語」だといいます。では、彼女たちはいったい何と戦っているのでしょうか?
たとえば、アニメ『小公女セーラ』でも知られる少女小説『小公女』。斎藤さんはこれを「シンデレラ物語を脱構築する」作品であるととらえます。おとぎ話の『シンデレラ』が最終的に幸福をつかめたのは、自ら行動を起こした結果ではなく、ひとえに魔法使いの力ゆえ。しかし、『小公女』の主人公・セーラは裕福なお嬢様から一度はどん底に転落するものの、逆境に負けない強い意志と高い教養によって自分の力でV字回復し、幸せをつかみます。「魔法の力を借りなくても、人の力で道は開ける」というメッセージが込められており、魔法使いと決別したところにこの作品の大きな意味があると斎藤さんは考えます。
少女小説の中でも日本でとりわけ人気の高い『赤毛のアン』はというと、「生存をかけた就活小説」として読めるといいます。一見すると”おてんばな少女・アンの成長物語”に見えますが、少し引いた視点で眺めれば、これは「みなしごの少女が自身の居場所を確保するための戦いの物語」です。自身に訪れたチャンスをものにできなければ孤児院に舞い戻るしかない状況のなか、持ち前の話術と想像力と演技力で、住居や地域との関係、友だちなど生活を営むための環境をアン自身で勝ち取っていきます。その意味で「『赤毛のアン』はやはり戦う少女の物語」なのだと斎藤さんは記します。
このほか本書では『若草物語』、『ハイジ』、『あしながおじさん』、『秘密の花園』、『大草原の小さな家』、『ふたりのロッテ』、『長くつ下のピッピ』の7作品も取り上げています。
「主人公はみな不自由な環境下に置かれ、ときには理不尽な現実に押し潰されながら、それでもひとりで考え、ひとりで立って、ひとりで戦っていた」(本書より)
これらの少女小説を、周囲の抑圧から自立を模索したり、異性愛至上主義への抵抗を試みたりする少女たちの物語という視点で読んでみると新鮮さを感じられるかもしれません。これは大人になったからこそ得られる読書の楽しみ方といえそうです。
[文・鷺ノ宮やよい]
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