二人の少女の魂の結びつき〜ボーヴォワール『離れがたき二人』
友情と愛情の境目はどこにあるのだろう。子どもの頃、私は男子はもとよりほとんどの女子ともうまくしゃべれなかった。そんな中でごく少数の同性の友だちに感じる親密さは、物語に出てくる男女の愛情と区別がつかないもののように感じられたこともあった。
本書は、フェミニズムの古典である『第二の性』などの著書で知られるシモーヌ・ド・ボーヴォワールが、親友であったエリザベット・ラコワン(愛称ザザ)をモデルに綴った小説。近年、女子同士の連帯を表す言葉として「シスターフッド」という表現をよく目にする。1960年代後半のウーマンリブ運動(女性解放運動)において使われていたらしい。この作品もまた、二人の少女の魂の結びつきを鮮やかに描いたシスターフッド小説といえるだろう。主人公であるシルヴィー・ルパージュがアンドレ・ガラールと出会ったのは、9歳の頃。新学期初日の朝、登校したシルヴィーは隣の席に見知らぬ生徒が座っているのを目にする。黒褐色の髪にほっそりとした頬、自分よりずいぶん幼く見えるその少女がアンドレだった。自信ありげで、これまで学校に通ったことがないにもかかわらず教師にも対等な物言いをするアンドレに、シルヴィーはあっという間に心を引きつけられる。
「離れがたき二人」とはもちろんシルヴィーとアンドレのことであるが、もともとはボーヴォワールとザザについての呼称である。彼女たちが通っていたアデリーヌ・デジールカトリック学校の女性教師たちが、二人をこう呼んでいたのだ。とはいえ、一対一の人間関係において相手への思いは往々にして等量でないことも多い。月日は流れ、シルヴィーとアンドレは15歳に。音楽や絵画、あるいは文学以外にも、歴史や政治などの世の中の動きについても語り合える間柄だった。が、あるときアンドレの母・ガラール夫人は、シルヴィーにこうたずねた。「アンドレに、恋人のベルナールの話を聞いたことがあります?」と。
シルヴィーは知らなかったのだ、アンドレには愛する少年がいたことを。それは周囲には歓迎されない恋愛だった。ベルナールの父方の先祖はバスク人で、アルゼンチンに渡って財産を成した裕福な家庭。そして、ベルナールの母親はユダヤ人だ。両家とも相手の家柄がふさわしいものではないと考えており、アンドレとベルナールの結婚は問題外とみなされている。そのことに打ちひしがれたアンドレは、こう言い切った。「あるがままのわたしを、わたしだからという理由で愛してくれた人は世界でベルナールしかいないの」と。
それを聞いて、シルヴィーの口をついて出た言葉は「わたしは?」。それは、友だちあるいは恋人同士の間ですらしばしば生じる、愛情の不均衡だ。「驚いたように」自分を見つめたというアンドレの様子に、既視感を覚える読者は少なくないのではないか。思う相手に思われないこと、なかよしのつもりでいたのに向こうはそれほどでもなかったということは、決して珍しくない。それでも、このことをきっかけにアンドレはシルヴィーの真摯な思いに気づき、シルヴィーはアンドレを支え続けた。アンドレが新しい恋に出会ってからも、二人の友情はずっと続くと思われたが…。
ボーヴォワールが書いた小説である、ということに、私たちはどうしても意味を探そうとする。もちろん、本人やその親友と密接に関係のある内容である以上、無視することのできない要素であることは確かだ。しかしながら、シルヴィーとアンドレのような女の子たちは、これまでにも数え切れないほど存在してきたこともまた事実だと思う。表紙に使われているのは、若き日のボーヴォワールとザザの写真。巻末の解説によれば『離れがたき二人』が出版されないままだったのは、ボーヴォワールの生涯のパートナーだったジャン=ポール・サルトルがこの作品に興味を示さなかったうえ、彼女自身「この物語は無意味に思えたし、面白くなかった」と考えていたからであるようだ。しかし、本書に描かれているのはみずみずしい感性を備えた若者たちの喜びや苦悩であり、読者はかつてあった美しい友情のきらめきをそこに見る。シルヴィーとアンドレは、ボーヴォワールとザザであった。そして、私たちと私たちが愛した誰かの姿でもあったのだと思いを馳せずにいられない。
(松井ゆかり)
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