パリの暮らしとインテリア[10]元テニスプレイヤー、マラットさんの高層マンションで本に囲まれた暮らし
幼少のころからテニス中心の生活を送り、世界中をまわっていたマラットさん。プロのテニスプレイヤーだった16年前からパリに移り住み、このアパルトマンは4軒目。バルコニーがなくても開放感のあるおうちにお邪魔しました。
連載【パリの暮らしとインテリア】
パリで暮らすフォトグラファーManabu Matsunagaが、フランスで出会った素敵な暮らしを送る人々のおうちにおじゃまして、こだわりの部屋やインテリアの写真と一緒に、その暮らしぶりや日常の工夫をご紹介します。
パリでは珍しい眺めの良いアパルトマンを購入
一般的にパリのアパルトマンは、狭くてエレベーターがない、日当たりが悪い、ベランダ付きは珍しいという特徴があります。パリに住むのは便利だけれど、そこが難点と言われてきました。このコロナ渦で家で過ごす時間が増え、パリで暮らす私たちは、自分たちの暗い部屋での暮らしと、郊外のベランダや庭から空が見える暮らしとの違いを痛感。住まい選びの基準も大きく変化したと実感しています。
そんななか、パリを見渡せて開放感のある“高層マンション”の人気が急上昇しているそうです。マラットさんが5年前から住む14階からも、パリの街並みと空が眼前に広がっています。
マラットさんが住んでいるのは、22階建ての高層マンションの14階。3棟同じデザインが並ぶ(写真撮影/Manabu Matsunaga)
パリでは、アパルトマンの標準は5、6階建てで、その3、4倍のいわゆる“高層マンション”は建てていい地区が決められています。中心部に近いモンパルナスタワー近辺、13区の中華街近辺、自由の女神とセーヌ川を見渡せる15区の元ホテル街、ミッテラン図書館近辺の個性的な高層マンション街、新凱旋門のあるデファンスのオフィス街、そしてマラットさんとパートナーが二人で住むパリ北東のヴィレット近辺です。
ヴィレット通り付近は近年、パリで最も人気の地区のひとつとされています。特徴のある小さなお店や美味しいレストランもたくさんあります(写真撮影/Manabu Matsunaga)
パリの住まい探しは口コミ&大家に交渉、がコツ
ノルウェー人の父とポーランド人の母を持つマラットさんは、以前はノルウェーやポーランドに住んでいて、16年前にパリに移住しました。今まで4軒の物件に住んできましたが、いずれも知り合いの口コミで見つけたそうです。「パリでは不動産会社に空き部屋の情報が出る前にクチコミで見つけ、大家と直接交渉できることが多いんです。その方が安く借りることもできるので得ですね」とマラットさん。
実は、今住んでいる14階の部屋の前には、同じ建物の4階に住んでいたそう。
「4階だと向かいのビルが風景を遮っていて、窮屈な感じがしていました。遠くを眺められる住まいが重要と気付き、上層階の空き部屋が出るのを待っていたんです」
同じマンションに住んでいれば、上層階の空き情報をいち早くキャッチできる。それは「サンディカ(住民の組合)」の集会などで話題になることがほとんどで、大家への直接交渉が可能なのだそう。
「地平線と空が私にとって不可欠です。そして街を見下ろして景色を眺めながら自分の内面に目を向けるひと時が大切」(マラットさん)(写真撮影/Manabu Matsunaga)
75平米の部屋を購入し、セルフリノベ
現在の14階の部屋を購入した当時、1970年代に建てられた時のままで、壁紙などが時代遅れな印象だったとか。それでもサロンの二面のガラス窓や各部屋からの眺めは格別で、パリによくある部屋とは違った明るい空間が、新しい暮らしへのイメージを膨らませてくれたと言います。
「内装がとても傷んでいたので、パリに住む叔父とパートナーと一緒に工事を始めました」
工事にあたり、内装を自分でデザイン。床や壁のほとんどを取り除き、気に入った素材などを集めながら、少しずつ作業していったそう。フランスでは、改装工事は高額で時間がかかるのはよくあること。セルフリノベをしたことで業者の4分の1ほどの出費に抑えられたとか。何より、「達成感を味わえた」と満足そう。
キッチンから見たサロンの様子。二面に窓があり、特に明るい場所(写真撮影/Manabu Matsunaga)
白色で統一された収納たっぷりのキッチンは、仕切りなしでサロンとつながっている(写真撮影/Manabu Matsunaga)
一番のお気に入りの場所はサロンのソファー
こだわったのは、二面の大きな窓ガラスのあるサロンとオープンキッチンをシームレスにつなげたことと、寝室を2部屋つくったこと。
サロンは、すべての壁を真っ白に塗り、そのうちの一面に凹凸のある石をはめ込みました。
「暮らす前から、このサロンの壁際にソファーを置こうと決めていました。自分が一番長く過ごす場所になるだろうというイメージもわいていました。読書をしたり、映画を見たり、窓から夕焼けを眺めたり……」
サロンでくつろぐマラットさん(写真撮影/Manabu Matsunaga)
「X」のオブジェはアーティストの1点ものでランプが取り付けられています。ソファーのクッションはいろいろな国で購入したもの。赤と白のクッションは2年前にマダガスカルで(写真撮影/Manabu Matsunaga)
「私は花が大好きで、パリにいるときは週に1回は自分でブーケをつくるようにしています。特に、珍しい形、明るい色、紫、緑、黄色、赤の花が大好きです」。 黒いコーヒーテーブルはフランスの建築家でありデザイナーのジャン・プルーヴェの作品(写真撮影/Manabu Matsunaga)
テニスコーチとなった今もトレーニングを欠かせない。サロンにマシーンを設置(写真撮影/Manabu Matsunaga)
世界中で知り合った友達を迎え入れるためのゲストルームも
子どものころから世界中を旅していたマラットさんは、各地で知り合った友達がパリに来た時に泊まれるように寝室を2部屋つくりました。サロンにある大テーブルも最大10名が座れます。まさに、友達の集まる家なのです。
「コロナ禍で友達を迎えることはできていませんが、外出制限の時には私の仕事部屋として使っていました」と言います。
ここには、マラットさんが繰り返し読みたい本、新しく買った本を置くメインライブラリーもあり、本を読んだり、絵を描いたりと集中できる空間になっています。
客室にはテーブルを設置し、現在は仕事部屋として使用。窓際にはたくさんの本がしまわれています(写真撮影/Manabu Matsunaga)
客室のメインライブラリー(写真撮影/Manabu Matsunaga)
自分たちの寝室はグレーで統一。「整頓された空間で眠るのが好きなので、私の部屋は常に整理されています」とマラットさん。やはりこの部屋の窓際にも本が収納されていました(写真撮影/Manabu Matsunaga)
ベッドサイドテーブルには、デザイナーもののランプとB&Oスピーカーがあり、夜寝る前に音楽を聴きながら読書をするのが日課だそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)
家の中には好きなものしか置かない主義
「本に囲まれて生活するのが好きで、どの部屋にも本棚があるんです」
サロン、キッチン、寝室2部屋、バスルームにまで本が置いてあります。
飾り方もとてもおしゃれ。本棚やキッチンの棚などに飾っているほか、装丁もサイズもバラバラな本を横に積むように置いたりして、インテリアの一部のように演出しています。
サロンの窓際にある本棚。本棚に収まりきらない本はカーヴ(地下の倉庫)に保管しています(写真撮影/Manabu Matsunaga)
キッチンのお茶コーナーにはレシピ本を飾ってあります。「私はお茶が大好きで夢中!」とマラットさん。 旅行では最高の緑茶を探し歩くそう。お茶は彼にとって小さな儀式のようなもので、少なくとも1日1回は飲み、リラックス、熟考を楽しむとか(写真撮影/Manabu Matsunaga)
オスロのフリーマーケットで小さな赤い銅の鍋を購入。本は非常に質の高い版のアートブックで知られるファイドン出版が編集した日本料理の本。「これは私の心に強く訴える料理の聖書です」(マラットさん)(写真撮影/Manabu Matsunaga)
本のほかにも、アーティストものやデザイナーもののインテリアや雑貨などが飾られた部屋からは、マラットさんの「好きなもの以外は部屋に置かない」というこだわりが伝わってきます。
自分たちの寝室の壁には、アメリカ人の映像作家、詩人、活動家のジョナス・メカスが撮影したピエル・パオロ・パゾリーニの写真が飾ってありました。花瓶には3、4カ月ごとにパリで今流行りのドライフラワーで活け直すそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)
ベッドサイドの金の箱には絵の具を収納。客室は普段使われていなかったので収納場所としても活用。絡み合う二人のオブジェは友人からの贈り物(写真撮影/Manabu Matsunaga)
こけしは東京と京都で見つけたもので1960年代のこけしと現代的こけし。マラットさんは日本が大好きだそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)
「木製のスツールは友人から贈られたアート作品ですが、アーティストの名前は覚えていません。でもとても気に入っています」 窓際に置かれた物はすべて旅行先で見つけて持ち帰った大切な思い出だそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)
漆塗りの木のアルバムは、1960年代に彼の祖父が日本に旅行したときのもの。艶を失わず大切にしている(写真撮影/Manabu Matsunaga)
また、機能的でリラックスしやすい空間づくりにも工夫がたくさん。選手生活中に旅先でさまざまなホテル暮らしをしてきたことが、現在のライフスタイルにも影響しているといいます。
今もパリにいないことが多く、数カ月ぶりに帰ってきた時にささっと埃を掃除できる設計にしていて、大量の本も半分以上は引き戸の付いた本棚に収納するなどして、お茶の道具とナイフ以外は全てしまわれています。
「今のところ引越しは考えていません、今よりも良い条件の物件を探すのは難しい」とマラットさん。現在の住まいの界隈が、パリで一番好きな場所だそう。
また、フォンテヌーブローの近くには庭付きの広い別荘もあり、気持ちいいテニスコートでテニスや乗馬などをして自然に触れながらトレーニングをしているのだとか。
コロナ禍ではテニスの大会も制限があったようですが、選手と同行することが多く、今でもホテル暮らしも多いマラットさん。そんな彼が、遠征生活とコロナ禍を経て自分の住まいとして行き着いたのは、ホテルのような機能的で快適な生活空間と見晴らしの良い環境。そして街での暮らしと自然のバランスがとれた生活でした。
ビュットショーモン公園は、パリ中でマラットさんの一番のお気に入りの場所(写真撮影/Manabu Matsunaga)
(文/松永麻衣子)
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