若者は家賃半額・高齢者は不安払拭。新時代の賃貸住宅「ノビシロハウス」
2021年3月に神奈川県・藤沢市に生まれた「ノビシロハウス亀井野」(以下ノビシロハウス)は、一見、一般的な賃貸住宅に見えます。しかしここは、バリアフリー設計、高齢者と若者の混住による人間的交流、ITを活用した安全確保など、一人暮らしの高齢者の不安を払拭するさまざまな要素を取り入れた、今までにないタイプの賃貸住宅です。
高齢化の進む社会にあるべき賃貸住宅をめざし、不動産や介護施設の関係者が模索し、出した一つの結果でもあります。入居者が決まりはじめたノビシロハウスを訪問、その発想や魅力を探りました。
多くの人の協力を得て、高齢者賃貸に乗り出す
「ノビシロハウス」は、六会日大前駅(小田急線)駅から徒歩約7分の住宅地にあります。
二階建ての単身用の軽量鉄骨アパート2棟が2階のベランダ部分を共有する設計で、中央に階段を設けています。敷地正面にはシュロの植栽があり、北側のNorth棟の1階にはカフェが入居し、しゃれた雰囲気を醸し出しています。
1階のカフェとアパートの間にある階段をのぼると(写真撮影/桑田瑞穂)
ベランダ部分でを共有する2階へ(写真撮影/桑田瑞穂)
目指すのは高齢者が一人で安心して住める賃貸住宅です。その先鞭をつけたのは鮎川沙代さん、ノビシロハウスを管理する株式会社ノビシロの代表取締役です。
発端は5年ほど前のこと。不動産仲介会社エドボンドの代表でもある鮎川さんは当時、68歳の男性の部屋探しに苦労したことで、高齢者の賃貸に本格的に取り組むようになります。
「探せば必ずお客様のご要望に合った部屋は見つかるという信念を持って仲介をし、実現してきたと思います。ところがこのお客様のご要望に合う物件はどうしても見つからず、断念せざるを得ませんでした」と鮎川さん。
鮎川さんはこのとき、問題は、そもそも一人暮らしの高齢者の要望に合う賃貸物件が極めて少ないことにある、と気付きました。
「ほとんどの管理会社やオーナーが高齢の居住希望者を回避しようとします。不慮の事態が起こっても責任が取れない、将来、認知症や孤独死のリスクもある、といった理由で貸したがらないのです。しかも私たちは仲介なので、基本的に成約で業務は完了し、オーナーさんと綿密にコンタクトする機会も少なく、答が見つかりませんでした」
株式会社ノビシロ代表取締役 鮎川沙代さん(写真撮影/桑田瑞穂)
鮎川さんは、どうしたら高齢の居住者をオーナーに受け入れてもらえるのか、さらに、高齢の居住者が本当に居心地のよいと感じる理想的な住宅とは何か、と知識を求めて介護の専門家や医師に尋ねて回ったそうです。
そうしたなかで知り合ったのが、同じ藤沢市亀井野で介護施設や高齢者福祉サービスを提供する「あおいけあ」を経営する加藤忠相さんでした。加藤さんは介護業界のフロントランナーとして国内外で高く評価され、メディアの注目も高い方です。鮎川さんはその知恵や経験に学びつつ、高齢者の視点に立った賃貸住宅づくりに踏み出しました。
「仲介だけでできることには限界があるので、自前の管理会社が必要だと考え、株式会社ノビシロを設立しました」(鮎川さん)
ノビシロは代表の鮎川さんのほか、加藤忠相さん、日本賃貸住宅管理協会理事、IT化を考えてマイクロソフト社員、訪問医療の医師を役員に迎え、高齢者向けの賃貸事業に踏み出しました。
ノビシロハウスの前に置かれたパネル。カフェ、ランドリー、訪問医療クリニック、訪問看護オフィスが入居していることが分かる(写真撮影/桑田瑞穂)
当初はオーナーから部屋を借り上げ、転貸する方法を考えていましたが、あおいけあにアパート売却の申し出が持ち込まれたことから、これを購入し、自社物件によって理想の実現を目指すことになりました。
あおいけあが購入したのは、2004年築の軽量鉄骨アパート。この地域には日本大学のキャンパスがあり、賃貸住宅の多くは学生の入居を想定しています。ところがコロナ禍などで学生が集まりにくくなり、どの賃貸住宅も経営が厳しい状況でした。このアパートも8部屋の内、6部屋が空室という状態。そこで売却の話が出たのです。
アパートにはあおいけあの所有地が隣接していたので、購入したアパートをリノベーションする(現South棟)とともに、隣地に新しい棟(現North棟)を建て、階段やベランダを共有する形にし、一つの物件にしました。これがノビシロハウスです。
若者と高齢者が混住し、助け合う空間を創る
ノビシロハウスは高齢者に向けた安心や快適性を、ハードとソフト、両面から提供しています。
まずハード面を見てみましょう。道路から玄関まで段差をなくしたバリアフリーはもちろん、入口や階段を1カ所にし、日常的に通る人の顔が見える設計にしています。また部屋も車椅子使用の場合を想定し、玄関や通路を広く取っているほか、トイレは、車椅子の出入りがしやすく、また介助者と視線が合わないように、便器を横向きに設置しています。
車椅子利用を想定し、屋内との段差をなくした(写真撮影/桑田瑞穂)
引き戸、横向きの便器など車椅子使用者に配慮したトイレ(写真撮影/桑田瑞穂)
見守りセンサーは多く、照明のON/OFFの時間を感知するセンサー、キッチンやトイレの水道の振動を感知するセンサーがあり、居住者の生活や体調に異変がないかを判断できます。また、集合ポストとゴミ収集場には顔認証カメラがあり、プライバシーを守りながら、外出頻度などを確認し、安全を確保できるようになっています。
「室内には自然素材を多用しています。これは認知症の方を受け入れたあおいけあの経験に基づいています。自然素材が多いことで我が家という感覚を持ってもらえると、徘徊などをしなくなることが分かってきたからです」(鮎川さん)
照明のON/OFF時間を感知することで、居住者の異変を判断するセンサー(写真撮影/桑田瑞穂)
カラフルな集合ポスト。ここに顔認証カメラを設置する予定(写真撮影/桑田瑞穂)
ソフト面はどうでしょうか。ノビシロハウスの真髄はむしろこちらにあると言っても過言ではありません。
ノビシロハウスのNorth棟2階には、訪問看護事業者(Life&Com)と訪問医療のクリニック(医療法人社団悠翔会)が入居しているため、高齢者が将来、医療、介護が必要になったとき、すぐに相談できます(必要に応じて別個の契約が必要)。その一階にはカフェとコインランドリーがあり、地域のコミュニティスペースとして、また高齢者が軽作業の仕事(コーヒーパッケージのラベル貼り、洗濯物のたたみなど)をする場としての役割も果たします。
カフェのすぐ脇にあるコインランドリー。カフェやランドリーは高齢者が働く場の提供という目的もある(写真撮影/桑田瑞穂)
住居はSouth棟にワンルームが8部屋あります。1階の4部屋が高齢者向け、2階の4部屋がそれ以外の方も想定したつくりになっていて、現在2部屋にソーシャルワーカーが入居しています。
ソーシャルワーカーと言ってもプロではなく、高齢者との交流を志向する若者にその役割を依頼するやり方です。若者と高齢者が混住することで、人間関係が生まれ、高齢者を孤独にしないという発想です。核家族が標準となった今、若者にとっても祖父母世代との交流は学ぶ点が多いようです。かつての長屋などにあった古き良き隣人関係を新しい形で築くねらいと言えるでしょう。
ソーシャルワーカーの基本的な役割は、朝出かけるときの「行ってきます」など、高齢者に声がけすること、月1回のお茶会(集まって会話するいわゆる茶話会)に参加することです。ソーシャルワーカーの家賃は、通常の半額にしていますから、学生にとってもありがたい仕組みと言えるでしょう。
現在、ソーシャルワーカーとして入居している二人に話を聞いてみました。
ソーシャルワーカーの役割を果たす、岡田空渡さん(左)と池本次朗さん(右)(写真撮影/桑田瑞穂)
池本次朗さん(19)は、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)の1年生。実家は埼玉県ですが、高校は津和野(島根県)の県立高に進み、現地のシェアハウスで地域社会のさまざまな人と接した経験がノビシロハウスへの関心につながりました。
「最初は『ソーシャルワーカー』という言葉にハードルが高いのでは、と感じましたが、よく聞いてみると、やることは自分が津和野で地域の人たちと生活の中で交流したことに近く、これならと思って決断しました」
岡田空渡さん(17)は高校3年生。実家は同じ藤沢市の本鵠沼にありますが、ノビシロハウスは進学を希望しているSFCに近いこともあって入居しました。
「好奇心もあったし、ノビシロハウスの考え方にも共鳴しました。僕は幼少期に近くに住んでいた曽祖母にかわいがってもらったこともあって、お年寄りに寂しい思いをさせたくない気持ちが強くあります。加えて、自分が帰宅したとき、やさしく見守ってくれる祖母のような存在が近くにいることにも良さを感じました」
高齢者の入居はまだこれからですが、二人にこれからを尋ねてみると、次のような答が返ってきました。
「一人暮らしの大変な部分は助けつつも、気持の面では無邪気に、孫のように接することができたら、と思います」(岡田さん)
「ソーシャルワーカーであっても、助けることが押し付けにならないようにしたい。支える方も支えられる方も負担を感じないような、ゆるく助け合う人間関係が築ければ、と考えています」(池本さん)
池本さんの部屋。日当たりも住み心地もよく、満足しているとのこと(写真撮影/桑田瑞穂)
池本さんの部屋を玄関から見る。壁や床に自然素材を多用していることが分かる(写真撮影/桑田瑞穂)
世代を超えた人間的交流を新しい形で再生する
取材の日、カフェで第1回目の「お茶会」が開かれました。このお茶会はフランスで誕生した「隣人祭り」を参考にしたものです(隣人祭りはパリで高齢者の孤独死をきっかけにアパートの中庭に住民が集まって食事会をしたことに始まり、ヨーロッパ全土に広がった市民運動です)。
出席者は、これから入居する高齢者とそのご家族、ソーシャルワーカーの二人、鮎川さん、加藤忠相さん、訪問診療医の片岡さんなど9名。互いの自己紹介や想い、ノビシロハウスの仕組みなどについて自由に語り、親睦を深めました。コロナ禍の中でも、このように対面で言葉を交わし、互いを知ることは、コミュニティの基本であることが感じられました。
1階のカフェで。香り高いコーヒーを楽しみながらお茶会が始まる(写真撮影/桑田瑞穂)
人が健康に長生きするには人間的交流が不可欠と言われます。一方、既に核家族化は定着し、祖父母と同居した経験のない人(今回の二人のソーシャルワーカーもそうです)が多数になっています。つまり同居による複数世代の交流は消滅しつつあるということです。それだけにノビシロハウス的発想は今後ますます必要になるのではないでしょうか。
ビジネス的に見ても優れた点が多くあります。高齢者にとってはサ高住(サービス付き高齢者住宅)より低価格であり、しかも若者を含めた多様な人間的交流を得られるメリットがあります。一方、住宅を貸す側にとっては少子高齢化に対応するモデルとなり得ます。
鮎川さんは「他地域の方にもぜひ私たちの手法を使ってほしいと思います。それによってこうした賃貸住宅が全国に広がればうれしいですね」と今後に期待を寄せています。
●取材協力
株式会社ノビシロ
ノビシロハウス
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