つぎつぎに立ちはだかる困難を超えて火星へ
別な時間線の1950年代を設定して、宇宙飛行士を目ざす女性たちの奮闘を描いた『宇宙へ』の続篇。前作は月への有人飛行がミッションだったが、本作では邦題が示すとおり、火星が目標だ。幕を開けるのは1961年。主人公は引きつづき、計算のプロフェッショナルにして、優秀なパイロットであるエルマ・ヨーク。弱点である対人恐怖症は、どうにか抑えこむことに成功している。
先ほど「別の時間線」と言ったが、作中のテクノロジーはこちらの現実と同等であり、さながら映画『ドリーム』をいっそうSF色を強めたタッチとでもいえばよいか。ただし、現実の歴史と大きく違うのは、1952年に起こった巨大隕石の落下だ。そこから徐々に環境変化がはじまっており、近い将来にそれが壊滅的なレベルに達すると予想される。人類にはタイムリミットが迫っており、否が応でも宇宙開発を急がなければならない。
その設定は本作にも受けつがれているが、前作ほど大きく扱われはせず、物語はもっぱら計画を進める国際航空宇宙機構の内部で進む。月飛行より格段に困難な火星ミッションで発生する問題とその解決がひとつの読みどころだ。たとえば、孤絶した宇宙船内で疫病が発生したとき、どのように措置すべきか? あるいは、無重力環境でトイレが詰まったらどれほどの大惨事になるか? 実際的な対処はしっかりと描かれるが、作者コワルは技術的な部分よりも、一連のできごとにかかわる人間模様のほうに力点を置いている。
火星へ向かうのは、さまざまな国籍、それぞれに専門領域を持った、価値観も違う十四人だ。利害や思想による衝突、恋愛沙汰を含む葛藤など、波瀾の火種を抱えながらの道行きとなる。火星到着まで三百二十日。
コワルの作品は人物造形がわかりやすく、清廉な人間は最初から清廉であり、歪んだ考えを持っている人間は最初からそれを隠すこともなく、ややこしい性格の人間は最初からややこしいふるまいをする。そのあたり、エンターテインメントとしてストレスなく読める設計だ。ジェンダー不平等や人種差別の問題も、わかりやすいかたちで表現される。
(牧眞司)
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