ご近所をつなぐ小さな本屋を増やしたい。シェア型本屋「せんぱくBookbase」の願い
自分の暮らすまちには本屋がない。「それがこんなにつらいことだったとは」と話すのは、絵ノ本桃子さん。自ら千葉県松戸市の八柱にシェア本屋「せんぱくBookbase」を開いたのも、近くに本屋が増えたらいいなとの思いからだった。本ならネット通販で買えばいいじゃない、という人もいるだろう。でもオンラインとは違って、本屋に足を運ぶことで思いもよらない世界との出会いがあったり、子どもにとっては自分の好きなことを見つけるきっかけになったり。本屋は可能性を秘めた場所でもある。「暮らしの延長上で本に出会えるように」という、絵ノ本さんに話を聞いた。■連載【生活圏内で豊かに暮らす】
どこにいても安定した同じものが手に入る今、「豊かな暮らし」とは何でしょうか。どこかの知らない誰かがつくるもの・売るものを、ただ消費するだけではなく、日常で会いに行ける人とモノ・ゴトを通じて共有する時間や感情。自分の生活圏で得られる豊かさを大切に感じるようになってきていませんか。ローカルをテーマに活動するライター・ジャーナリストの甲斐かおりさんが、地方、都市部に関わらず「自分の生活圏内を自分達の手で豊かにしている」取り組みをご紹介します。
新しい本屋が生まれるきっかけに
芝生の上に大きく「本」と一文字書かれた看板が置かれている。そっとガラスの戸を開くと、こぢんまりとした、でも愛情をたっぷりそそがれていることが伝わってくる本屋さんだった。絵本あり、文芸あり、実用書あり。古本だけでなく、新刊も扱っている。
8名の「店守(たなもり)さん」と呼ばれる店主が本箱を共有しているシェア型の本屋である。海外童話ばかりを置く棚や、絵本の専門店、こだわりの出版社の本だけを扱う棚など、特徴ある本棚が並ぶ。全体を切り盛りしているのが、店長の絵ノ本さんだ。
「本屋をやることに興味のある人たちにここで経験を積んでもらって、新京成沿線に新しく本屋が増えたらいいなと思って始めたんです。実際この店を卒業した方が、新京成線沿いの初富と新鎌ヶ谷の間に新しい本屋さんをオープンされました。私もゆくゆくは自分の本屋をやれたらいいなと思っています」
せんぱくBookbase店長の絵ノ本桃子さん(写真撮影/甲斐かおり)
それぞれの店守さんが月2回、シフト制でお店に入る。これまでに学生、販売員、学校図書館勤務、ミュージシャン、デザイナーと幅広い年齢や職業の人たちが携わってきた。中には現役の書店員もいて、本業では叶わない、自分の好きな本を思い切り紹介しているという。店守の日は、告知も含めて自分のお店のように自由にやってくださいというのが店の方針。そのためルールは最小限に。
さまざまな店守さんの本棚が並んでいる様子(写真提供/せんぱくBookbase)
絵ノ本さんが本屋を始めた理由はいくつかあるが、一番の動機は、冒頭に書いたように自分の暮らすまちに本屋がなかったこと。
「大人一人なら隣町にも行けるし、いろいろ選択肢があると思うんですけど、子育て中は、子どもを抱えてベビーカー押しながらとか、雨の日なんかきつくて。本屋さんって思っていたより自分にとって大きな存在だったんだなと気づきました。たまたま手にした本からモヤモヤ悩んでいたことのヒントをもらったり、刺激を受けたり。子どもにとっても、徒歩圏内に一人で寄れる本屋があるかは大きいなと。親から離れて自分で本を選ぶ力を得ることにもなったり。図書館とはちょっと違います。そう思う人ってほかにもいるんじゃないかなって」
(写真提供/omusubi不動産)
探し始めて出会った、一風変わった不動産会社
「せんぱくBookbase」は新京成線の八柱駅から歩いて10分ほどの場所にある。はじめは絵ノ本さん自身が暮らす二和向台付近で物件を探していたが、同じ沿線の八柱に「せんぱく工舎」というシェアアトリエ&店舗があることを知って、「まずはここで始めてみよう」と決めた。
せんぱく工舎がほかにない面白い物件だったからだ。八柱、常盤平エリアの物件を中心に扱うomusubi不動産という一風変わった不動産会社があり、DIYできる賃貸物件やユニークな企画の賃貸物件を扱っている。せんぱく工舎もomusubi不動産のサブリース物件だった。入居者には個性的なお店やクリエイターが多く、自転車屋、スコーンの店、スペインバルなどのお店や工房が入居している。
「表が芝生なので子どもがばっと飛び出していっても安心ですし、入居者同士のイベントがあったり、omusubiさん主催の田植えに参加したり。お隣の店でコーヒーなど買ってうちの店に持ち込んでいただいてもOKにしているんです。今年でオープンから丸3年経つんですけど、子ども連れの若いお母さんや年配の方までいろんな方に来ていただいています」
開店資金は、クラウドファンディングで97人から100万円近くが集まった。
せんぱく工舎の入り口(写真撮影/加藤甫、川島彩水)
せんぱくBookbaseがある八柱エリアには、近年個性的な店が増えている(写真撮影/甲斐かおり)
じわじわと、まちの人たちとつながって
手づくりの木製の棚には、ほどよく空間を交えながら多彩な本が並んでいる。各店主の棚以外は、店長の絵ノ本さんの選書がメイン。装丁の美しい本、定番の絵本。店の奥には和室があり、小さな子どももベビーカーから降りてくつろぐことができる。
店守のコースは月に5000円と7000円。店主の中には、会社勤めで新刊の取り扱いにまで手がまわらない人も多いため、7000円のコースでは、絵ノ本さんがリクエストを受けて新刊の手配を代行する。さらには企画展やフェアなど、店守さんの企画を実施するまでをサポートしたり、絵ノ本さんが各店横断型のフェアを開催したりもする。
「喫茶と読書ひとつぶ」のカードとともに陳列されている(撮影/甲斐かおり)
「喫茶と読書ひとつぶ」と書かれたカードに目がとまった。ひとつぶは、常盤平の駅近くにある喫茶店。
「本好きな人が好みそうな本がたくさん置いてある素敵な喫茶店で、私も大好きなんですけど、そこで本を買えるわけではないので、この店で買えたらいいなと思って置いています。うちの店でひとつぶさんを知る人もいるかもしれないですし」
(写真撮影/甲斐かおり)
大型書店では扱っていないリトルプレス(少部数の出版物)を「この店なら取り寄せてくれるのでは」と訪ねてくるお客さんもいる。実際、そのシリーズ全巻を注文したところ反響があった。今年1月には店守さんの発案で『老犬たちの涙』という犬の殺処分をテーマにした写真展を開催。各店主から推薦書を出してもらい「卒業・入学フェア」も行った。最近は、大学生のボランティア7~8人がイベントの際の店内装飾を手伝ってくれるようにもなった。近くの聖徳大学の学生さんによる取材が縁で、この店で卒業作品の展示を行ったこともある。
「卒業・入学フェア」の様子(写真提供/せんぱくBookbase)
そんな風に、お客さんのリクエストに応えながら、近所の人や店と連携し、新たな企画が持ち上がるような動きが生まれている。この地域のシンボリックな建物である「せんぱく」を店名に入れたのも、「せんぱくの本屋さん」と覚えてもらえれば十分だと思ったから。そんな風にして「せんぱくBookbase」はじわじわ地域に根付いてきた。
絵ノ本さんが伝えたイメージを、学生さんが描いてくれた手書きのフェアの装飾案(写真提供/せんぱくBookbase)
大型書店では、その時売れている本、話題の本を眺めて世の中のトレンド、情勢を知ることができる。一方「せんぱくBookbase」のような小さなまちの本屋では、新旧ランダムに置かれた中から、これはと思う本を見つけて、こっそり自分だけの本を見つけたような気持になる。その時の自分の関心事に気付いたり、思わぬところではっとしたり、知らなかった世界を知ってワクワクしたり。
いまオンライン書店や大規模書店におされて、まちの本屋はどんどんなくなっている。全国の書店数は、20年前に比べて半分になった。ただ、けして数は多くないけれど、パン屋や喫茶店と同じように、小さな個性ある本屋が各地に誕生し始めているのも事実だ。
近所のことを何も知らない
絵ノ本さんが本屋をつくろうと思ったのには、もうひとつ理由があった。いま暮らす二和向台は、結婚して初めて暮らすことになったまち。知り合いがほとんど居なかった。
「家で子育てしているだけでは、町につながりができなくて。家の前の八百屋さんで毎日のように買い物したり、娘が店の座敷で遊ばせてもらったりしていたんですけど、ある日、品物がなくなっていて、明日には閉店するんだって知ったんです。目の前の店なのに、何も知らなかったことに愕然として。でも年配の方たちの中にはネットワークがあったらしくみんな知っていたんですよね。その時すごく孤独を感じて。知らない人だらけのまちで子育てしていることが怖くなったんです」
絵ノ本さんの家の前にあった八百屋さん。今は更地になっている(写真提供/せんぱくBookbase)
まちの人たちともっとつながりたい。そういう場所がほしいと思った。さらに、絵ノ本さんと娘さんが気に入っていたもう一つのお店、近所のせんべい屋も閉店したことが背中を押した。
「いつも女将さんや近所の年配の皆さんが座っておしゃべりしていて。このおせんべい屋さんと八百屋さんが、私たちがこの町で暮らしていると感じられる数少ない、まちとのつながりだったんです」
子どもを排除しない働き方
絵ノ本さんは、以前、本を流通する取次の会社で働いていた。書店や本のつくり手を応援したい気持で就いた仕事だったけれど、既存の取次のしくみには融通が効かないルールも多く、出版社や書店を困らせることも少なくなかった。個人の力ではどうすることもできず、仕事に疑問と違和感を感じ、辞めた後も図書館に勤めたり、ライターの仕事をするなど本との関わり方を模索してきた。
今は、オンラインで小中学生の学習支援の仕事をしながら、シェア本屋をライフワークとして続けている。
「もちろんしっかり売上は立てていきたいんですが、お金を稼ぐ手段としてだけではなく、ここで私が働いている姿を子どもにも見せたい思いもあったんです。在宅でネットを活用して働くのは便利ですが、仕事している間、どうしても子どもを排除することになっちゃう。でも、ここに居れば子どもも一緒にお客さんや店と関わっていけるのがいいなって。いろんな大人と関わる機会になるし、地域の人たちと関係性ができていく過程を見てもらえる。家にこもって仕事しているだけでは広がらないので」
(写真提供/せんぱくBookbase)
都市に暮らし、絵ノ本さんと同じように感じる人は多いのではないだろうか。それでも心の声に正直に、一歩を踏み出すのは案外難しい。絵ノ本さんはお店を立ち上げ、子育てをしながら店守のみんなと店を運営してきた。いいことばかりだったわけでなく、店主にもいろんな考え方の人がいて、時には意見が食い違うこともある。それでも続けてきた跡に、ご近所さんとのゆるやかなつながりが数多く生まれている。
●取材協力
せんぱくbookbase
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