マイリンク、シェーアバルト、ブラックウッド……夢幻の境地に踏みいる
『幻想と怪奇』は雑誌の体裁だが書店の扱いは書籍だ。毎号、特集形式を取っているので、実質的にアンソロジーといってよい。こんかいはドイツ幻想小説の紹介者として名高い種村季弘さんの未発表翻訳が発見され、それをきっかけに企画が練られたそうだ。
その未発表翻訳が、グスタフ・マイリンク「商務顧問官クーノ・ヒンリクセンと贖罪者ラララジュパット-ライ」。インド神秘主義思想と実利的ビジネスマンという組みあわせが、なかなか面白い小品だ。本筋とは関係ないけれど「一万羽のペンギンを一度にグリースにする釜」というのが出てきてのけぞる。
これに併せて、幻想文学研究家、垂野創一郎さん選・訳によるドイツ夢幻譚六篇が掲載されているのも嬉しい。ハンス・カール・アルトマン「緑の封印がされたお告げ(抄) 」は、ナンセンスなシュルレアリスム。冒頭の文章から「蟋蟀の心臓のなかでチェロを弾く夢はしばしば見られる」である。なんと素晴らしい。オスカル・A・H・シュミッツ「十八世紀の一夜」は、時空を超えた因果が交叉する。雰囲気はゴシックだが、内容的にはこれもシュルレアリスムと言うべきだろう。パウル・シェーアバルト「新しい生――建築的黙示」は、宇宙詩とも言うべき情景が展開される。
それ以外の掲載作では、アルジャーノン・ブラックウッド「トルネード・スミスの大冒険」がとくに印象的だった。内容はまるで覚えていないものの、気分が爽快になる夢を見たことで、朝からスミス氏は意気軒昂になる。会社、いいや、そんなものはサボってしまえ。ずんずん歩いていくうち、偶然の導きか無意識のなせるわざか、〈妖精郷〉へたどりつく。テンポのよいファンタスティックな展開を経て、ありゃりゃという感じの結末がつくのが洒落ている。
ローラン・トポール「静かに! 夢を見ているから」は、自分が見た夢が町中に放送されるSFコント。あたりまえのように火星人が出てくる。
フリッツ・ライバー「アルバート・モアランドの夢」は、チェスを題材にコズミックホラーが展開する。夢のなかながら、宇宙をチェスゲームに見立てるあたり、ヴァン・ヴォークト『非Aの世界』を彷彿とさせる。
『幻想と怪奇』は読者からの寄稿を募っているのも素晴らしい。すでに読者書評は常設企画になっているが、この号では創作と翻訳を掲載。
創作は、君島慧是「天蓋の彷徨」。不眠症の少女が療養のために訪れたホテルで、清潔で瀟洒な部屋が夢の世界へつながる。不思議な体験をすんなりと描いた好篇。
翻訳は、ドロシー・マカードル「ローシーン・ドゥの肖像」(館野浩美訳)。夭折の天才画家が残した女性の肖像画にひそむ因縁が明かされる。畏怖の感覚とロマンチックがわかちがたく結びついて印象的。すでに実績のある訳者だけに、訳文はよくこなれて、みずみずしい。
こうした読者からの寄稿の掲載は、次号以降もつづくとのこと。意欲作が集まることが期待される。
(牧眞司)
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