人間はどこまでも残虐になれる――コロナ禍で露呈した人々の「生贄探し」を紐解く

人間はどこまでも残虐になれる――コロナ禍で露呈した人々の「生贄探し」を紐解く

 2020年、この世に訪れた未曾有のパンデミック。それは私たちにさまざまなことを突きつけました。そのひとつが「人間の心の闇」かもしれません。

 たとえば、話題になった「自粛警察」や「マスク警察」。外出自粛やマスク着用を促す行為自体は責められるものではありませんが、行き過ぎた行為は社会のルールから逸脱する異物を排除しようとする心理が働いていると考えられます。また、「GoToトラベル」キャンペーンでは、その恩恵を受けない業種から不満の声が上がりました。その中には「あの人だけ得をしているのが許せない!」という気持ちから出た意見もあるでしょう。

 「ヒトは放っておけば生贄を探してしまう生き物なのです」(本書より)と指摘するのは、『生贄探し 暴走する脳』の著者のひとりである中野信子さんです。中野さんは昔ドイツを中心に流行った「魔女狩り」を例にとり、「人間は、自身が正義を行っていると信じているときには、どこまでも残虐になれるものです」(本書より)と記しています。

 本書は、中野さんと『テルマエ・ロマエ』などで知られる漫画家でエッセイストのヤマザキマリさんによる共著。「はじめに」を中野さんが、「おわりに」をヤマザキさんが執筆し、それを挟む形で第1章から第5章にかけてふたりの対談が掲載されています。医学博士の中野さんは専門である脳科学の見地から、イタリア在住経験があり古代ローマ史にも造詣が深いヤマザキさんは「異文化から見た日本」的な立場から、日本人特有の「生贄探し」の心理を掘り下げています。

 中でも興味深いのが、ヤマザキさんが古代ローマを舞台に執筆した漫画『プリニウス』を取り上げている第2章と第3章。『プリニウス』は史実に基づきながらも従来の見方とは別の解釈がされており、中野さんは「脳科学的にも現代の私たちとの共通項がある」(本書より)と言います。

 たとえば、暴君の代名詞として知られるネロを、この作品では自分を神格化するほどのナルシシズムを持つ「独断正義中毒者」として描いています。正義の名のもとにどこまでも残酷になりえる「正義中毒」は、現代のコロナ禍に蔓延する人々と同じで、「社会のルールを破る相手を見つけて制裁を加え、自分があたかも正義の味方になったかのような全能感を覚えて、満足して快楽を感じているように見えました」(本書より)と中野さん。

 恐ろしいのは、「正義」という大義名分があると、攻撃している最中は自分が悪いだなんて微塵も思わないところです。人間は放っておけばとめどなく暴走してしまう生き物であると歴史が証明しています。だからこそ、私たちは知性でもってそれを抑える訓練が必要なのかもしれません。まだまだ収束が見えないコロナ禍において、私たちが生贄探しをせずに心豊かに過ごす方法を本書が教えてくれるでしょう。

[文・鷺ノ宮やよい]

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