王道の少年少女向きSF――《ハヤカワ・ジュニア・SF》第一弾

王道の少年少女向きSF――《ハヤカワ・ジュニア・SF》第一弾

 アガサ・クリスティ作品の小学生・中学生向けの翻訳などで好評を博している《ハヤカワ・ジュニア・ブックス》に、SFのラインが加わった。本書はその第一弾にあたる。原書は2019年刊行、パリパリの新作だ。

 主人公は起動して12年のロボット、XR935。人間並みの身長で、ソーラーパネルの工場で働いている。一緒に働く仲間は、大型でパワーのあるシーロン902と小型ですばしっこいSkD988。彼らが暮らしているのは、ロボットだけの秩序のとれた世界だ。もともとロボットは人間のために働いていた。しかし、人間がすることといえば環境汚染や戦争などろくでもないことばかり。そこで、ロボットは、この世から人間を排除することにしたのだ。それからひと世代以上経過しているため、XR935は人間のことをデータファイルでしか知らない。そして、不思議なことに、データファイルには人類の歴史についての欠落があった。これがゆくゆく、この物語の重要な謎となる。

 人間はもういない。そう思っていたXR935だが、ある日、ひとりの少女と出会ってしまう。彼女の名前はエマ。地下につくられた人間の居住地バンカーに両親とともに住んでいたのだが、伝染病の蔓延によって自分だけが生き残った。それがエマの説明だ。

 エマとやりとりするうちに、XR935は人間に興味を持つようになる。本来ならばエマのことを通報しなければならないのだが、その決まりに背いて、彼女とともに47.2キロメートル離れた地点まで旅する決意をする。地図はエマの両親が残したものだが、目的地に何があるかはわからないという。

 この旅にはシーロン902とSkD988も同行する。彼らはエマのことを気に入ったらしい。面白いのは、機能性第一のロボットにも、ちょっとした偏差というか余剰があることだ。たとえば、シーロン902は仕事しながら小さくハミングをしたり、人間みたいに駄洒落のジョークをひねり出す。SkD988は、人間のつくった古いものを集めている。さびた空き缶、片方だけの靴、へこんだシャンプーの容器。

 XR935は「なぜ?」と問いを立て、生真面目に考えつづける性格を持っている。

 こうしたキャラクター設定が面白く、彼らの掛けあいもうまく書けている。良い子たちは大喜びだろう。

 どんな危険が待ち構えているかわからない道中を、個性豊かな仲間が旅をする。これは少年少女向け小説の王道だ。そして、未来に生きるキャラクターが、人類の失われた歴史情報を知ることになるのも、SFのひとつの定石である。物語が好きで、これからSFを読んでみようという少年少女に好適な一冊だ。

 朝日川日和さんのイラスト入り。ページをパラパラめくるだけでも楽しい。ただし、あまりじっくり見ると物語の先がわかってしまうので、ご注意。

(牧眞司)

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