銭湯がつないだ地域の絆を受け継いで。名物賃貸「パルコカーサ」の子育てコミュニティ

銭湯がつないだ地域の絆を受け継いで。名物賃貸「パルコカーサ」の子育てコミュニティ

万人に受け入れられることが優先される賃貸住宅でも、あえて他と一線を画す個性や付加価値のある物件が増えてきました。その一つが東京・足立区の「PARCO CASA(パルコカーサ)」。その特色はコミュニティにあります。オーナーが「地域共同体としての賃貸住宅」という考え方のもと、入居者同士の交流、地域活動への参加などを打ち出し、人気物件となりました。2015年2月に完成してから約6年が経った今、あらためてその魅力を探りました。

50年以上続いた銭湯跡地に立つ6棟の賃貸住宅

「PARCO CASA」は、日暮里舎人ライナーの江北(こうほく)駅から徒歩10分、東武鉄道大師線大師前駅からは徒歩8分という静かな住宅地にあります。
もともとここは、大家さんの田口さん三兄弟(昌宏さん、順功さん、宗孝さん)の祖父が1965年(昭和40年)に開業、50年以上にわたって地域に親しまれてきた銭湯「たちばな湯」があった場所。祖父の後を父が引き継いで続けてきましたが、時代とともに銭湯の利用者も減り、父も高齢になったことから、銭湯を廃業し、跡地に賃貸住宅を建てることにしました。

(写真提供/田口さん)

(写真提供/田口さん)

(写真提供/田口さん)

(写真提供/田口さん)

(写真提供/田口さん)

(写真提供/田口さん)

長男の田口昌宏さんは「賃貸住宅をつくるなら、周辺に新しい物件ができても負けない魅力のあるものにし、安定的に長期経営したいと考えました。それには差別化が必要です。そこに地域コミュニティが活性化してほしいという気持がつながりました」と振り返ります。

古来、銭湯は地域の人々の交流の場という機能を果たしていました。そうした環境の中で、田口さん兄弟は幼いころから、銭湯の常連客など地域の人々と関わりながら成長し、その良さを実感していました。一方で近年、どの都市でも人間関係は希薄化し、地域の行事や活動に参加する住民も減っています。そこで田口さんたちは、賃貸住宅が一つのコミュニティであると同時に、入居者一人ひとりが地域コミュニティの一員という姿をめざしたのです。

(写真提供/田口さん)

(写真提供/田口さん)

田口さん兄弟は三人ともサラリーマンで、賃貸住宅経営の経験がなく、立ち上げ段階からハウスメーカーと賃貸管理会社の協力を仰ぎました。賃貸管理会社のハウスメイトパートナーズ(東東京支店)の支店長 伊部尚子さん(現・ハウスメイトマネジメント ソリューション事業本部 課長)は「新築物件は時間の経過とともに価値が下がるもの。そうならないことをめざしたコミュニティ重視型の賃貸住宅が、わずかながら出始めたころ、田口さんに出会いました。そして、この大家さんとならそうした賃貸が可能だと感じたのです」と語ります。
こうして2015年、敷地に6棟からなる賃貸住宅「PARCO CASA」が完成しました。

オーナーの田口昌宏さん(左)は町会の防災部長も務める。ハウスメイトマネジメントの伊部尚子さん(右)は、“コミュニティ賃貸”の名付け親でもある。お二人の協力がPARCO CASAに結実した(写真撮影/内海明啓)

オーナーの田口昌宏さん(左)は町会の防災部長も務める。ハウスメイトマネジメントの伊部尚子さん(右)は、“コミュニティ賃貸”の名付け親でもある。お二人の協力がPARCO CASAに結実した(写真撮影/内海明啓)

大家さんがきっかけをつくり、入居者に意識が生まれる

PARCO CASAは、基本的に子育て世帯を対象にしています。審査にあたっては、町会に参加し、地域社会との関係づくりに前向きであることが条件。実際、子どもや地域活動に関心がないという入居希望者を断ったケースもあるそうです。

(写真撮影/内海明啓)

(写真撮影/内海明啓)

田口さんは、入居者同士の親交を深めるため、バーベキュー(春、秋の年2回開催)、子ども向けのビニールプール設置(夏)などを行っています。「入居者主導でないとコミュニティの活動は継続しないと思います。大家としてまずは、それを促すきっかけづくりに力を入れました」

田口さんの考え方は、町会費の集金の方法にも表れています。「PARCO CASAが完成してすぐ、入居者の皆さんの親睦を深めるためにバーベキューを開催しました。入居者の中には積極的にリーダーシップをとってくださる方がいます。その方に町会の集金を依頼し、以後、入居者が持ち回りで班長を務め、手渡しで集金してくださるようにお願いしました」(田口さん)

(写真提供/田口さん)

(写真提供/田口さん)

(写真提供/ハウスメイト)

(写真提供/ハウスメイト)

一般的に町会費は家賃(共益費)に含めますが、あえて家賃とは別に支払ってもらい、しかも手渡しという形を取ったのは、コミュニティへの当事者意識を持ってもらうねらいがあります。このやりかたは今も続いています。
町会費は月500円、一般的な町会費よりも高めです。それでも地域に参加し、また見守られていることに入居者は満足しています。

こうした試みが奏功し、PARCO CASAは入居者が長く住み続ける人気物件となりました。
「なかなか部屋が空かないうえ、空いてもすぐ次の方が決まるため、仲介店にいるのに内部を見る機会のない社員も多いほどです」と仲介のハウスメイトショップ北千住店店長の牟田優作さんは言います
また、管理面でも利点は多く、「滞納やクレームがなく、管理の楽な物件です。入居者様にとってはオーナー様(大家さん)の顔が見え、普段からコミュニケーションが取れているため、相談しやすいようです」と同社東東京支店 管理担当・田中雄二さんも続けます。

PARCO CASAに隣接するたちばな公園。夏祭りや餅つき大会に利用されるなど、地域の共有スペースになっている(写真撮影/内海明啓)

PARCO CASAに隣接するたちばな公園。夏祭りや餅つき大会に利用されるなど、地域の共有スペースになっている(写真撮影/内海明啓)

(写真提供/田口さん)

(写真提供/田口さん)

住んで初めてコミュニティを意識する

現在の入居者の方々はどのように感じているのでしょうか。
竣工間もない2015年5月に入居したKさんは4歳の娘さん、1歳の息子さんを持つ4人家族。「私も夫も都内の実家暮らしで、新居を持つとき、通勤のしやすさを考えて探しました。家賃も都内の他の地域より安いし、デザインにも引かれて直感的に決めました」(妻のM.Kさん)。
それまでコミュニティを意識することはなく、「面倒なのではないか」という思いも正直あったそうです。「しかし住んでみると、町会の方々が先導して地域の人々をつなげてくれる環境があり、ありがたいと感じましたね。オーナーの田口さんがバーベキュー、夏祭り、餅つき大会などを通じ、親子で地域に関われるようにしてくださったことにも、安心しました。お子さんのいる家族が近所にいるのでつながりは自然にできていきました」
以前住んでいて転居した人が、故郷を訪ねるかのように、バーベキューのときに来るといったこともあり、「自分が将来どこに住むにしても、ここが出発点と言える喜びがあります」(M.Kさん)

敷地内で遊ぶ娘さんとM.Kさん。公園が隣接していること、スーパーの近さも魅力だったと語る (写真撮影/内海明啓)

敷地内で遊ぶ娘さんとM.Kさん。公園が隣接していること、スーパーの近さも魅力だったと語る (写真撮影/内海明啓)

一方、最初から地域コミュニティとのつながりを知って、2018年7月に入居したのがCさんご一家。5歳の娘さんがいるほか、この4月に第二子の誕生予定です。夫は茨城、妻が群馬の出身。2011年に結婚してすぐ住んだのはPARCO CASAにほど近い1LDKのマンションでしたが、お子さんが成長するにつれ手狭になり、物件を探しました。
「子どもを育てる中で、地域やコミュニティへの意識が強まりました。自分も子どものころは地域の人々にかわいがってもらい、成長できたという思いがあり、自分の子どもたちにもそういう環境を与えたいと思いました。そこでネットで物件を探し、PARCO CASAを知りました。最初は空きがなく、諦めかけましたが、ちょうど空きが出たので翌日に申し込み、運良く入居できました」(夫のS.Cさん)

それまでごく近い場所に住んでいたにも関わらず、町会も、地域の祭もよく知らずに暮らしていたそうです。「若いころはコミュニティを意識できませんが、子どもを持ったことでそれが大きく変わりました。バーベキューやプールなどは子どもがすごく喜ぶだけでなく、親としては、いろいろな方が子どもの相手をしてくれることがうれしいですね」

Cさんのご家族。4月には家族が一人増える。夫のS.Cさんはリモートワークが増えたため、メゾネット形式を活かし、1階の一角を仕事スペースとし、家族との生活は主に2階にしている(写真撮影/内海明啓)

Cさんのご家族。4月には家族が一人増える。夫のS.Cさんはリモートワークが増えたため、メゾネット形式を活かし、1階の一角を仕事スペースとし、家族との生活は主に2階にしている(写真撮影/内海明啓)

夫婦二人とも地元(西新井)出身で、2020年の4月から入居しているのがSさんご夫妻。この4月に長男誕生の予定です。二人は結婚前から一緒に住む家を探していたのですが、縁あってPARCO CASAに入居でき、2020年9月に結婚しました。
「幼いころから町内の行事などにも参加していたので、町会の方々とも知り合いで、そのまま自然に溶けこんだ感じです」(妻のE.Sさん)。「私の場合は地域と深く関わってきたわけではないのですが、これから子どもを持つ身としては、周囲に見守ってもらえる安心感があります」(夫のH.Sさん)

2020年に入居したばかりのSさんご夫妻。4月に長男誕生の予定だ。地元出身の二人はコロナ禍ということもあり、知人・縁者の多い地域で暮らす安心感を重視した。PARCO CASAのフローリングはすべて無垢材製で、子育てに適した柔らかさと温もりが特色(写真撮影/内海明啓)

2020年に入居したばかりのSさんご夫妻。4月に長男誕生の予定だ。地元出身の二人はコロナ禍ということもあり、知人・縁者の多い地域で暮らす安心感を重視した。PARCO CASAのフローリングはすべて無垢材製で、子育てに適した柔らかさと温もりが特色(写真撮影/内海明啓)

PARCO CASAの1階洋間。E棟を除きメゾネット形式で、1階に洋間2部屋(4.5~6.5畳)が、2階にLDK(12.5畳~13.5畳)がある(写真撮影/内海明啓)

PARCO CASAの1階洋間。E棟を除きメゾネット形式で、1階に洋間2部屋(4.5~6.5畳)が、2階にLDK(12.5畳~13.5畳)がある(写真撮影/内海明啓)

広々とした浴室は、銭湯一家に育った大家さんのこだわり。親子で入浴しやすいように、賃貸住宅には珍しい一坪タイプを採用 (写真撮影/内海明啓)

広々とした浴室は、銭湯一家に育った大家さんのこだわり。親子で入浴しやすいように、賃貸住宅には珍しい一坪タイプを採用 (写真撮影/内海明啓)

災害に対し、強さを発揮するコミュニティ

新型コロナの影響はPARCO CASAにも及んでいます。入居者から好評のバーベキューはできず、集まること自体ができなくなっています。この夏はビニールプールを貸し出し、交代で利用するようにしましたが、大きなイベントはできないままです。それでも「自粛中も隣近所と会えば挨拶は交わしますし、そばに知り合いがいるのは心強い」(M.Kさん)とのことです。

田口さんは、コロナ禍に限らず、災害対策や防犯にコミュニティが果たす役割の大きさも感じています。信頼できる人間関係があり、人の目が多いことはセキュリティ向上につながります。ハードウェアの点でも、PARCO CASAの敷地内には監視カメラが3台設置され、「今後、災害時用の雨水貯水タンクを設置したい」(田口順功さん)など、拡充を計画しています。
「足立区の取り組みに『ながら見守り』があります。これは日常生活の中で不審な人物や車両がないか気にかけ、子どもや地域の安全を守ろうという活動で、有志が自由に申し込んで参加できるもの。こうした情報も入居者には提供しています」(田口さん)

もともと田口さんは、入居者のコミュニティを醸成するに当たり、「強制はせず、積極的に情報を提供し、自主性に任せる」という姿勢で取り組んできました。このことがコミュニティを、入居者にとって、より自由で、縛りの緩やかな、快適なものにしたと考えられます。
これは田口さんが大手メーカーに長く勤務してきたこととも関係があります。「30年以上、顧客満足を起点に仕事をしてきましたから、賃貸住宅経営にもその視点が活かされたと思います」(田口さん)。
かつての地縁社会の良さを残しつつ、現代の入居者が満足できるコミュニティ。それをつくり上げてきたからこそ、PARCO CASAは愛される物件になったと言えるでしょう。

●取材協力
パルコカーサ
株式会社ハウスメイトパートナーズ

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