超スケールの宇宙SFから、歴史認識を扱った議論喚起的な作品まで
ケン・リュウ『宇宙の春』(早川書房《新☆ハヤカワ・SFシリーズ》)
短篇SFの名手ケン・リュウの、日本における四冊目の短篇集。先行する三冊と同様、古沢嘉通さんが作品を選んでいる。多彩なアイデア・テーマ・構成を自在に書きわけ、ハイレベルに仕上げるケン・リュウの実力はもちろんだが、紹介者に恵まれたことは幸運というほかない。作者にとっても、読者にとっても。
新しい作家の翻訳では、紹介する順番が重要だ。ケン・リュウの最初の邦訳短篇集『紙の動物園』が叙情的な作品を前面に出していたのは、日本の読者層を意識してのことだろう。その戦略はみごとに功を奏し、ケン・リュウの名は、SFファンだけにとどまらない広範な認知を得ることになった。
ケン・リュウというブランドがすっかり定着したいま、新しい短篇集では、これまでと別な匙加減の編集が可能となる。詳しい方針は、本書の「編・訳者あとがき」で述べられている。
古沢さんの紹介者としての卓越は、作品選択にとどまらない。選んだ作品を一冊のなかにどのように配置するか。これが絶妙なのだ。
巻頭は、宇宙のサイクルを四季に見立てた超スケールの表題作。巻末を締めくくるのは、七三一部隊が満州でおこなった残虐行為をめぐって、シビアな歴史認識と入り組んだ議論が交錯する時間SF「歴史を終わらせた男」である(観察者は過去をリアルに体験できるが、その過去は別な観察者による検証ができない設定が秀逸)。
この大きな振り幅のあいだに、タイポグラフィカルなテキスト宇宙小品「切り取り」、ガジェットとコメディが楽しい「充実した時間」、ポストアポカリプス世界の冒険ファンタジイ「灰色の兎、深紅の牝馬、漆黒の豹」、オールドファッションなショートショート「古生代で老後を過ごしましょう」など、多彩なおもむきの作品が収められている。全十篇。
とくに目を引くのは、個々の読者に合わせてテキストが調整できるAI機能をめぐる「ブックセイヴァ」と、ネット上で荒らし行為とそれに対する対策がエスカレートしていく「思いと祈り」だ。この二篇がつづいて収録されている。どちらもデジタル文化におけるツールの加速度的進化と、それに追いつけない人間感情と倫理を主題とした作品だ。ケン・リュウが描いているのは架空のシチュエーションだが、そこで浮き彫りになる葛藤や矛盾は、私たちがまさに直面している問題だ。
(牧眞司)
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