「登場人物たちは非常に現実的です。私は彼らをジャッジすることはせず、すべての欠点も含めて愛しました。そして、観客にも同じように感じてもらいたいと思ったんです」『ベイビー・ティース』 シャノン・マーフィ監督インタビュー / Interview with Shannon Murphy about “Babyteeth”
重い病を抱える16歳の少女が孤独な不良青年と出会い、最初で最後の恋に落ちる…。一見なんとも悲しそうな物語をヴィヴィッドな色彩と前衛的な世界観で生き生きと描き出し、世界中の映画祭で絶賛された『ベイビーティース』が2月19日に全国で公開される。主人公ミラを演じるのは、『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』のベス役などで大きな注目を集めるエリザ・スカンレン。その強烈な存在感と繊細な表現力が印象的なトビー・ウォレスは、ミラが恋に落ちるモーゼス役を演じ、ヴェネチア国際映画祭で最優秀新人賞を受賞した。メガフォンを執ったのは、数々の舞台やテレビシリーズの演出を手がけ、本作が長編デビューとなったシャノン・マーフィ監督。日本公開を前に、オーストラリアの自宅からリモート取材に応じてくれた。(→ in English)
―監督は舞台の演出家としての経験も豊富ですが、『ベイビーティース』はもともと戯曲だったそうですね。なぜこの物語を長編デビュー作に選んだのですか?
シャノン・マーフィ監督「登場人物や彼らが困難な状況に立ち向かっている姿に、非常に心を動かされたのですが、それと同時に、自分が脚本を読んで何度も笑っていたことに気づいたのです。多くの人は何が起きるかをわかった上で、この映画を観始めると思うのですが、気づいたら忘れてしまって、最後に大きなショックを受けるんですよね。脚本を読み終えた時点で私を苦しめたのは、もうこの4人の登場人物と同じ時間を過ごすことができないんだという悲しみでした。ですので、自分の人生のその後の2年間を彼らに捧げるためには、映画を作るしかないと思ったのです。ものすごく気に入ったので、脚本を読んだ後は絶対にこの仕事を手に入れようと決めていました」
―不治の病を題材にした映画は他にもありますが、感傷的で悲しい作品が多い印象です。『ベイビーティース』は楽観的かつライトなタッチで描かれていて、ミラが死に向かう姿よりも、人生を生きようとする姿が描かれていたのがとても良かったです。
シャノン・マーフィ監督「本作のトーンはとても独創的で、私にとってエキサイティングな挑戦となりました。若者の視点を理想化していないので、過去に観た同じジャンルのどの作品よりも信憑性がありました。両親が抱く恐怖心や悲しみだけに焦点を当てるのではなく、たくさんのユーモアや明るさが詰まっている作品です。リタ(・カルネジェイス/脚本家)が力強い声の持ち主だということは知っていたので、私はそれをさらに高めることに努めました。彼女の世界観や登場人物についての独特なニュアンスは非常に特別なものなので、長編デビュー作としてこの脚本を委ねられたことは素晴らしい贈り物だったと感じています」
―本作の主な登場人物である、ミラ、モーゼス、そしてミラの両親は、4人ともそれぞれが問題を抱えています。監督はこの家族のどのようなところに惹かれたのですか?
シャノン・マーフィ監督「この家族はとても現実的だと思います。すべての家族は表立って話せるよりも、実はもっと問題を抱えていると思うんです。だから、私は彼らに共感しましたし、なぜあのように振舞っているのかも理解できました。彼らをジャッジすることはせず、すべての欠点も含めて愛したのです。そして、観客にも同じように感じてもらいたいと思いました。実際に起きていることの本質を理解せずに判断を下すことは、とても簡単だと思うので。だからこそ、私は本作のような登場人物や物語に惹かれるのです」
―ミラ役のエリザ・スカンレンとモーゼス役のトビー・ウォレスが素晴らしかったです。彼らをキャスティングした経緯は?
シャノン・マーフィ監督「本作にはとても熟練した自発的な俳優が必要だとわかっていました。若手俳優にとって、ミラとトビーはとても重大な役です。その役をこなしながら、(ミラの両親を演じた)ベン・メンデルソーンとエシー・デイヴィスに対抗できる役者が必要でした。トビーとエリザはとても若いのに経験豊富なんです。エリザが体現しているものは、ミラとよく似ていると思います。彼女は非常に知的で、バイオリンを3週間でマスターしてしまいました。年齢よりもずっと大人っぽくて、現場では最年少の彼女が誰よりも大人に感じられました。それは家庭内のミラと同じで、ミラは自分の親を育てているようなものなのです」
―モーゼス役のトビーを選んだ理由は?
シャノン・マーフィ監督「トビーは遊び心に溢れた寛大でカリスマ的な存在です。とても大きな心の持ち主で、印象的なエネルギーを放っており、それはモーゼスという役を演じる上で非常に重要な素質でした。2人を同時にオーディションしたわけではないのですが、彼らはとても賢いパフォーマーなので、一緒に化学反応を起こせるはずだと信じていました」
―映画を観始めた時、エリザが『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』のベスだと気づきませんでした。
シャノン・マーフィ監督「そうなんです、彼女は素晴らしいカメレオンなんです。とても簡単にまったく違うキャラクターになれるんですよ」
―ミラとモーゼスはどちらも難しい役ですよね。監督からはどのようなディレクションをしたのですか?
シャノン・マーフィ監督「モーゼスに関しては、母親や弟との関係についてたくさん話しました。父親がいなくなってから、母親に王子様のように溺愛されていたこと。大きくなって反抗的になってからは、母親に拒絶されていることなどを話しました。ミラについては、彼女が病気の女の子としては見られたくないということについて、たくさん話しました。同じように、モーゼスはドラッグをやっている男としては見られたくないわけです。ですので、そういう意味で2人は同じ目標を目指しています。ミラはそれに加えて、他のみんなが体験していることを自分だけ体験できないのが嫌なのです。それどころか、彼女には時間がないので、他の人の10倍も加速しなければなりません。ミラはとても短い時間で、あらゆる初体験をすることを恐れない人なのです。さらに、彼女はとても極端な方法で両親の境界線を押し広げようとします。両親は娘の幸せを望んでいるので、彼女を押し戻すことはできないのです。そういう意味でも、本作には緊張感が見事にミックスされていると思います」
―シーンの合間にサブタイトルが表示されますが、まるで小説を読んでいるみたいでとても効果的でした。
シャノン・マーフィ監督「あれは元の戯曲に入っていたんです。この物語では、直線的で教訓的な時間の感覚を持たせないことがとても重要だと感じました。観ている人に『これは1週間後? それとも2週間後?』とか、『今の彼女は治療のどの段階?』とか考えてほしくなかったのです。タイトルをつけることで、そういった慣習を捨てて、その瞬間にだけ身を任せ、そこに留まることができるはずだと思いました。それこそが、まさにミラがやっていることだからです。また、タイトルがあることによって、これがミラの物語だと感じられます。最初はシンプルな言葉にしか感じられないのですが、少しずつ彼女の心の声へと変わっていくのです」
―本作は色彩が本当に美しいですね。どのシーンも切り取って写真集にしたいくらいでした。
シャノン・マーフィ監督「ありがとうございます。私自身としては、若々しくて鮮やかな色彩を求めていたように思います。でも同時に、私たちは時代を超越したクオリティを持つウィリアム・エグルストンの写真について頻繁に話していました。だからこそ、衣装はさまざまな時代に通用するように、いろんなものを少しずつ取り入れました。もちろん、完全に現代を舞台にした作品ではあるのですが、最近の子たちは新しいものも古いものも、いろんなファッションをミックスして着ていますよね。現代を映し出すと同時に、時間が経っても良い作品にしたかったので、携帯電話やテクノロジーはほとんど使っていません。色彩に関しては、私は常にとても鮮やかな色を選びがちです。女性的な色を選ぶということもありますが、香港で育ったので、大胆なネオンカラーや鮮やかなルックスが大好きなんです。強烈な色彩を選ぶ監督にはギャスパー・ノエやハーモニー・コリン、ウォン・カーウァイなどがいますが、私は彼らの作品のビジュアルも大好きです」
―男性監督による女性の映画が多い中で、本作では女性監督によって描かれた女性が観られたこともうれしかったです。
シャノン・マーフィ監督「映画史において、私たちはそのような作品(男性監督が手がけた女性の作品)をすでにたくさん観てきました。優秀な女性監督が多い今、それを続ける意味はないですよね」
―監督は女性の登場人物の方が描きやすいと感じたりしますか?
シャノン・マーフィ監督「特にそうは感じません。でも、女性の脚本家の方が、私の意見をより自然に代弁してくれるように感じることはよくあります。たまには男性の脚本家と仕事をすることもありますが、舞台演出家としても、ほぼ常に女性の脚本家と仕事をしてきました。それが一番共感できるからです」
―高校の女子トイレで女の子がミラにウィッグを貸してほしいと頼むシーンは、とてもリアルだなと感じました。
シャノン・マーフィ監督「おそらく多くの男性監督は、高校の女子トイレに入ったことがないわけです。それって問題ですよね? だからこそ、女性監督が女性の物語で舵取りをするのは、非常に重要なことなのです。私たちは、女性が登場する、信ぴょう性のある親密なシーンを目にする機会をたくさん逃してきました。なぜなら、それらのシーンが、その状況を体験したことのない人たちによって作られていたからです。私は男性であることがどんなものかわからないし、わかるふりをするつもりもありません。もし私が男性的な作品を探求するとしたら、私ならではの、とても女性的で、とてもシャノン・マーフィ的な解釈をするでしょう。私は自分が理解していないものを、理解しているふりをするつもりはありません」
―全編にわたる音楽のチョイスも素晴らしかったです。
シャノン・マーフィ監督「私たちには素晴らしい作曲家と音楽監督とエディターがついていました。みんなで集まってプレイリストを作って聴いたり、音楽について話し合ったりしました。新しいものを取り入れるために、音楽フェスティバルにも一緒に行きました。エリザは私のために、毎日インスタグラムで動画を作ってくれました。ミラがいろんな曲に合わせて踊る姿を撮ってくれたのです。私たちはそれを観ながら、ミラがどんな風に音楽を楽しんで、どんな音楽が好きなのかを決めました。私はいつもいろんな方法で登場人物の観点から音楽を選ぶのですが、音楽を楽しめるのはうれしいことです。それは作品毎にやっていることなのですが、人生のサウンドトラックとなるわけですから、とても重要だと思うのです」
―2020年は世界中のみんなにとって大変な一年でした。創作活動においても新たな制限が生じたのではないかと思いますが、このような状況下において、アーティスティックな意味で興味深いことはありましたか?
シャノン・マーフィ監督「いろんな脚本を読むのに良い時間となりました。それに、『ベイビーティース』のためのプロモーション活動をする時間もできて、あなたのような記者の方々と会話を続けることができたのは、私にとってとても刺激的なことでした。テレビの仕事ではあまり持てない機会ですし、作品についての会話が広がり続けるからです。クリエイティブな面では、しばらくの間、脳を休ませることができて良かったです。私は化学と創造性は作用すると考えていて、再びひらめきを得るためには休憩が必要だと思うのです。もうすぐ多忙な日々が始まるのですが、回復するための時間があったことを本当にありがたく思っています。きっとそう感じた人は多いのではないでしょうか。いつも同じような慣れたペースで過ごすのは簡単なことですが、スローダウンすることを余儀なくされると、これまでとは違った形で創造性が開かれるような気がします」
―これから『ベイビーティース』を観ようと考えている日本の映画ファンに、ご自身の言葉で本作を説明するとしたら?
シャノン・マーフィ監督「まだ死んでいないということが、どんなにいいことかを描いた映画だと伝えたいです(笑)。私は日本版のポスターが大好きなんです。一番好きかもしれません! ものすごく気に入っているので、それもすごく楽しみです」
―日本の映画ファンに伝えたいことはありますか?
シャノン・マーフィ監督「皆さんからの感想を聞くのが待ち切れません。とても楽しみにしています。自分の映画が日本に行くのだと考えると、とてもエキサイティングですね。いつか私自身が日本で本作を観てみたいです(笑)」
―今後の予定は?
シャノン・マーフィ監督「実は1週間後にロンドンへ飛んで、ナオミ・オルダーマンの小説を原作にした『The Power』というテレビシリーズを手がける予定です。とても力強いフェミニストなシリーズなので、すごく楽しみにしているんです」
text Nao Machida
『ベイビー・ティース』
2月19日(金) 新宿武蔵野館、渋谷ホワイトシネマクイントほか全国ロードショー
https://babyteeth.jp
監督 シャノン・マーフィ
出演 エリザ・スカンレン、トビー・ウォレス、エシー・デイヴィス、ベン・メンデルソーン
2019年製作/117分/G/オーストラリア
原題:Babyteeth
配給:クロックワークス、アルバトロス・フィルム
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