【「本屋大賞2021」候補作紹介】『お探し物は図書室まで』――人生を模索する人たちが本との出会いで変化していくハートウォーミングな連作集

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【「本屋大賞2021」候補作紹介】『お探し物は図書室まで』――人生を模索する人たちが本との出会いで変化していくハートウォーミングな連作集

 BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2021」ノミネート全10作の紹介。今回取り上げるのは、青山美智子(あおやま・みちこ)著『お探し物は図書室まで』です。
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 ある地域のコミュニティハウスの中の図書室。ふとしたきっかけでそこを訪れた、人生に悩みを抱える人々に、ひとりの司書が声をかけます。不愛想ながらも優しさに満ちた声で「何をお探し?」と。そして、思いもよらぬ本のセレクトと可愛い付録で、彼らの背中をそっと押してくれるのです。
 
 そんな設定で読む人の心をほわんと温めてくれるのが、青山美智子さんによる『お探し物は図書室まで』。全五章から成る本書は、各章の主人公が図書室の司書・小町さゆりに薦められた本と付録の出会いによって、癒やされ、再生していく連作集となっています。

 なんといってもまず、この小町のキャラクターが強烈。ベイマックスやマシュマロマンにたとえられるように、色白で大きな体躯をしており、お団子にまとめた頭には花の飾りがついたかんざしを挿しています。そして、レファレンスコーナーのカウンターに体を埋め込みながら、ちくちくと毛糸に針を刺しているのがお決まりです。

 彼女がおこなっているのは羊毛フェルト。完成した作品はカウンターの引き出しに入れられ、これが本のおまけとして付く「付録」になるというわけです。

 たとえば、第一章に登場するのは、短大を出て社会人1年目、21歳の朋香。彼女は「エデン」という総合スーパーの婦人服売り場で働いていますが、仕事に大きなやりがいを感じられず「転職」の文字が頭をかすめる毎日です。

 そんなある日、彼女はふと思い立って参加したパソコン教室の帰りに、同じ建物にある図書室に立ち寄ります。そこで小町に仕事の話をしたところ、パソコンの使い方が載った本とともにセレクトされたのが、絵本の『ぐりとぐら』でした。さらに、付録として羊毛フェルトでできたフライパンを渡されるのです。

 なぜ薦められたのかわからないまま『ぐりとぐら』を借りてきた朋香は、そこに出てきた「きいろいかすてら」に興味を惹かれ、作ってみることにします。しかし、これがうまくいきません。一週間かけて何度もトライする中で、ようやく「あんばい」のようなものを体感し、自分の満足いくカステラを焼けたとき、彼女は思い至るのです。苦手に感じていた職場の先輩の「続けているうちにわかることってあると思う」という言葉の意味を――。

 このように、小町がセレクトした本と付録によって、主人公がどのような気付きを得て、どのように人生を変化させていくのかというところが、本書のハイライトともいうべき部分です。

 ただし、小町はすべてを見通しているわけではありません。「私が何かわかっているわけでも、与えているわけでもない。皆さん、私が差し上げた付録の意味をご自身で探し当てるんです。本も、そうなの。作り手の狙いとは関係のないところで、そこに書かれた幾ばくかの言葉を、読んだ人が自分自身に紐づけてその人だけの何かを得るんです」と明かしています。本が起こす思いもよらぬ変化を、読者もまた主人公と一緒になって体験することになるのです。

 ほかにも、夢を抱きながらも現実の前に新たな一歩を踏み出せない男性(二章/諒、35歳)、仕事と育児の両立に葛藤する雑誌編集者の女性(三章/夏美、40歳)、自分の居場所が見つけられずにいるニート(四章/浩弥、30歳)、第二の人生を模索する定年後の男性(五章/正雄、65歳)が主人公になっている本書。身近に感じられる人物ばかりで共感できる点も、この物語の大きな魅力といえます。

 人生の探し物を見つけてくれる図書室。現実にはないからこそ、「こんな場所があったら」と思わずにはいられません。小町が選ぶ本の数々が引き起こす素敵な物語を、皆さんもぜひ楽しんでみてください。

[文・鷺ノ宮やよい]

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