羊羹を食べながら日本海軍を翻弄するオリオン太郎
林譲治『大日本帝国の銀河1』(ハヤカワ文庫JA)
『星系出雲の兵站』で、独特な宇宙人類史を描きだした林譲治の新シリーズ。こんかいも宇宙スケールの文明論が背景となるが、物語の中心になるのは太平洋戦争へと傾斜していく時代の日本(及びそれに関連する世界情勢)である。もちろん、SFレーベルから刊行する林譲治作品だから、常套的な架空戦記や宇宙SFになるわけがない。
昭和十五年四月末、日本製軍用機(四発陸攻)に酷似した外見、しかし十年以上進んだテクノロジーによる装備・機能を備えた機体が、試験中だった零戦をあっさりと撃ち落とし、ゆうゆうと追浜基地に着陸する。謎の飛行機から降りた二名の男のうち、ひとりは逆上した警備兵に射殺されるが、もうひとりはそのことを気にするふうもなく、海軍の客となる。正体不明の相手の圧倒的な戦闘力と技術に畏怖した海軍は、強硬な態度に出るのを控えたのだ。謎の男はオリオン太郎と名乗った。オリオン座のほうからやってきたからだという。
オリオン太郎から情報を聞きだす役目を命じられたのが、天文学者を本職とし余技に空想科学小説を書く秋津俊雄である。秋津の感覚は知性的な現代人に近く、軍国主義にも妄念的国粋主義にも染まっておらず、科学と事実に基づいて思考する。読者は彼の視点に沿って物語を追うわけだ。
絶妙なのはオリオン太郎の造形である。どこから来たのか、仲間は何人いるのかと、秋津から訊ねられると、「そんなこと教えるわけないじゃないですか、嫌だなぁ」と答える。のれんに腕押しだ。そして、与えられた屋敷のなかで、羊羹ばかりを食べている。ちっとも宇宙人らしくない。ただし、地球人離れした知識を備えている。また、彼と一緒に謎の飛行機で来て射殺された男を解剖した結果、あきらかに人類と異なる臓器をそなえていることが判明する。
海軍はオリオン太郎を秘匿し、とくに陸軍に知られることを恐れている。陸軍は主戦派が実権を握っており、オリオン太郎の存在はバランスを一挙にくずしてしまうからだ。登場人物のひとりは、「戦争が国益追求の手段の一つに過ぎず、戦争回避がより国益に適うなら、非戦こそが正しい」と独白する。そうした太平洋戦争前の政治や軍事のあやうい事情を、冷静な視点でキメ細かく捉え、物語の起伏に織りこんでいくところは、さすが林譲治だ。
オリオン太郎の仲間たちは、日本だけではなく、いくつかの国へ同様の手段(その国の軍用機を模した機体で接触)していた。圧倒的テクノロジーの差を見せつければ、地球人は無益な抵抗をしないはず──というのが、彼らの考えかただった。しかし、合理的思考は地球人には通じず、追浜基地で警備兵が発砲したようなことが、他国でも起こる。
その経験を踏まえ、オリオン太郎たちは対応変更を決心したようだ。しかし、どのように変わるのか? そもそも彼らが地球を訪れた目的は?
欧州ではドイツのフランス占領後、とくにイギリスとの睨みあいが激しくなっていた。一触触発の国際情勢のなか、奇妙なファーストコンタクトは新しい局面を迎える。つづきは第二巻へ。
(牧眞司)
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