5人の「白野真澄」の短編集〜奥田亜希子『白野真澄はしょうがない』
たまーにエゴサーチというものをしてみることがある。とはいえ、私のような零細ライターではだいぶ下方にスクロールしていってようやく関連記事を見つけることができる程度だし、Twitterも炎上するほど閲覧されてもいないので気楽なものだ。常に検索上位にあがってこられる「松井ゆかり」さんは、タレントさんや格闘技の選手の方など。名前が同じというだけの他人ではあるが多少なりともご縁があるように思われて、画像などをじっと見つめてしまうことがある(もはやエゴサーチではない)。
本書は連作短編集。5つの短編すべてに共通するのは、主人公が「白野真澄」であることと、『なまえじてん~子どもの幸せな未来のために~』という名付けの本が登場することだ。表題作「白野真澄はしょうがない」において、「白野」は「白くてきれいな心」を表し、「真澄」は「心の美しさをイメージ」した名前だと指摘される(自分が知る限りでは、こんなに澄みきった名前は私の祖母の「瀧川清子」くらい)。「名は体を表す」という言葉もある通り、真澄たちはどちらかといえば純粋な部分の目立つキャラクターが多いけれども、人間である以上まったく濁りのない状態を保てるわけもない。5人の真澄にもそれぞれ悩みがある。
例えば、「両性花の咲くところ」の真澄の場合。イラストレーターの仕事だけでは食べていけないため、アルバイト書店員としても働いている。しかし売れっ子の同業者からは、「本屋のバイトは辞めて、イラストに専念しようよ」「イラストに対してもっと腹を括ればいいのに」と言われることも。でも、真澄には親の収入に頼ってイラストに時間を費やすのがほんとうに腹を括ることにつながるのかが疑問なのだ。書店員としての仕事にやりがいも感じている。そうはいっても、自分の好きなことを仕事にした両親(アウトドア雑誌の編集者と翻訳家。子どもたちには「寛さん」「恵さん」と呼ばれている)や「服のほかには好きなものも、興味があることもない」と言い切る妹の悠希に囲まれて、自分は中途半端だと憂える真澄。その真澄への寛さんの声かけが素晴らしい。どういう言葉だったのかはぜひ本書をお読みになって確かめていただき、この強い絆で結ばれてた家族のあり方を心に刻んでもらえたらと思う。
ほんとは、万人に当てはまる唯一の正しい生き方みたいなものに乗っかれたら楽だろう。でも、たった5人の中だけでも、全員性格も違えば考えることも悩みも異なっている。同姓同名だけれど、それぞれ別の白野真澄なんだからしょうがない。だけど、時には後戻りしたりしながらも自分の納得のいくやり方を見つけていく真澄たちは、別人であってもはるか遠い存在なわけではない。白野真澄は他の白野真澄のようでもあり、日々あたふたしながら生きている我々とも重なる。ならば、悩みごとや困難に向き合って新たな一歩を踏み出そうとする彼らに、私たちも続かなければ。
東京創元社はミステリーやSF系の作品が充実しているというイメージをお持ちの方も多いだろう。「その東京創元社から奥田亜希子さんが?」と一瞬驚いたのは確か。しかし登場人物のちょっとした心理描写によってそれまでの流れががらりと変わったたり、巧みに隠されていた事実が効果的に浮かび上がったりと、「ああ、こういうことだったのか!」とはっとさせられる瞬間はこれまでの奥田作品でも目にしたことがある。今後もっとミステリー色の濃い作品なども期待してしまってもいいでしょうか、奥田先生。
(松井ゆかり)
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